4話
「……黒瀬」
「んー?」
「生きてるの?」
朝一番、開口一番それか。
「一応な」
「……そう」
納得はしてない顔。だろうな。
教室の空気はいつも通り。
騒がしくて、どうでもよくて、平和だ。
昨日の夜が嘘みたいに。
「てかお前マジで大丈夫か?」
佐藤が横から覗き込んでくる。
「顔色やばいって」
「寝不足」
「いやそれで済むレベルじゃねぇだろ」
まあ、間違ってはない。
実際、6回死んでるし。
「昨日、なんかあった?」
「特に」
「絶対嘘だろ」
「なんでだよ」
「一ノ瀬がずっとお前見てるから」
「……」
やめろ。それは気づいてる。
というか、さっきから普通に視線刺さってる。
「怖ぇってあれ」
「知ってる」
「なんかしたの?」
「してない」
してない。表向きは。
授業中。
チョークの音がやけに響く。
内容は頭に入ってこない。というか、
「……」
視線。
横から一定のリズムで来る。
「……一ノ瀬」
小声で呼ぶ。
「なに」
すぐ返ってくるあたり、ちゃんと聞いてる。
「見すぎ」
「観察」
「言い方」
「……気になる」
「どこが」
少しだけ、間があって、
「全部」
「全部かよ」
それはそれで困る。
「……昨日」
「やめろ」
授業中だぞ。
「あなた、明らかに死ぬ動きしてた」
「してない」
「してた」
即答。
「普通、あの位置に入らない」
「たまたま」
「……嘘」
完全に信用ゼロ。
「それに」
まだ続く。
「最後」
「……」
「あなた、狙われるの分かってた」
図星。黙る。
「……やっぱり」
一ノ瀬が小さく呟く。
「何かある」
「ないって」
「ある」
しつこいな。
「証拠は?」
「ない」
「じゃあやめろ」
「……でも」
少しだけ声が小さくなる。
「……怖い」
「は?」
予想外の言葉。
「あなた」
じっと見てくる。
「普通じゃない」
「それは知ってる」
「違う」
首を振る。
「……人間の動きじゃない」
「ひどくね?」
笑いながら返す。
でも内心、ちょっとだけ刺さる。
「……」
一ノ瀬は何も言わなくなる。
ただ、見てくる。その視線が、少しだけ変わってる。
疑いだけじゃない。理解できないものを見る目。
昼休み。
「なあ黒瀬」
佐藤が弁当を広げながら言う。
「一ノ瀬と何あったんだよ」
「なんも」
「嘘つけ」
「ほんとに」
「昨日からお前のこと殺しそうな目で見てるぞ」
「やめろ物騒」
でもまあ、近い。
「てかさ」
佐藤が少しだけ声を落とす。
「昨日、この辺で変な事件あったらしいぞ」
「へぇ」
知ってる。
当事者だし。
「なんか、怪我人は出てないけどさ」
「……」
「黒い影見たって話」
「……マジで?」
適当に乗る。
「お前知らねぇの?」
「知らん」
「夜出歩くなよー、危ねぇから」
「はいはい」
軽く流す。その横で、
「……」
一ノ瀬が無言でこっち見てる。
絶対分かってる顔。
放課後。
帰ろうとしたタイミングで、
「……黒瀬」
来た。
「なんだよ」
「少し、いい?」
「よくない」
「来て」
拒否権ないやつ。
知ってた。
人気のない廊下。夕焼けで赤く染まってる。
なんか、嫌な色だ。
「……昨日の件」
「またそれか」
「終わってない」
だろうな。
「あなた」
一ノ瀬が一歩近づく。
「……何回、あれと戦ったの」
「1回」
「嘘」
「なんでそうなる」
「動きが完成してた」
鋭いな。
「初見でできる動きじゃない」
「天才だから」
「……」
無言の圧。
怖い。
「……あなた」
さらに一歩。
距離が近い。
「……死んでた」
「は?」
心臓が一瞬止まる。
「昨日」
「……何の話」
とぼける。でも、
「見た」
断言。
「あなた、刺されてた」
「見間違いだろ」
「違う」
揺らがない。
「……そのあと」
少しだけ、声が震える。
「……普通に立ってた」
「……」
まずい。
これは、かなりまずい。
「……説明して」
無理だろ。
「しない」
「……どうして」
「しても理解できない」
「する」
「しない」
平行線。
「……」
一ノ瀬が黙る。
少しだけ俯く。
「……ねえ」
小さな声。
「あなた」
顔を上げる。その目は、少しだけ弱い。
「……人間?」
「一応」
「……一応?」
「多分」
「……」
困った顔してる。
珍しい。
「……怖い」
またそれ。
「だから言ってるだろ」
軽く肩をすくめる。
「普通じゃないって」
「……違う」
首を振る。
「そうじゃない」
「じゃあなんだよ」
少しだけ、間。そして、
「……いなくなりそう」
「――」
それは、予想してなかった。
「……そのうち」
ぽつりと、
「どこか行きそう」
「……行かねぇよ」
反射的に言う。
でも――少しだけ、分からない。
本当にそうか。
「……ならいい」
一ノ瀬はそれ以上言わなかった。
ただ、
「……でも」
最後に一言。
「見てる」
「まだかよ」
「……うん」
即答。
「めんどくせぇな」
「知ってる」
少しだけ、ほんの少しだけ、表情が柔らいだ気がした。
夜。
「……またか」
スマホを見る。
同じ時間。同じ流れ。
「……終わってねぇのかよ」
ため息。
どうやら――まだ続くらしい。
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