66話 こっそり聞いてたわー!
「きょーじゅー、お夜食でーす。今回は残り物もらえましたけど、食堂は夜閉まるんだから、食べたいならもっと早く言って下さいねー」
獣人生徒のニビが夜食をのせた丸いトレイを抱えて研究室のドアを押し開ける。頭にはニビの髪を器用に絡めてできた巣が完成して、人工結晶の小鳥が満足そうに陣取っていた。
「いつもすまないねぇ……」
「そう思うなら自分で食堂行って下さい」
「むむむ無理無理無理だよ、こんな研究三昧長命種なんかいるだけで何か臭くなーい? とかいってキモがられるだけだし……」
こんな情緒不安定な教授が、大昔に魔竜姫の片腕として魔王軍と戦っていたなんて、何度話を聞いても信じられない。四天王最弱だったというのは何となく頷けるけれど。
「何で加齢臭に悩むおっさんみたいなこと言ってるんですか」
この人鏡見た事あるんだろうか。巷で噂の狂フェンリルと同じ、ド美形長命種族なのに。
女子生徒がいつもひそひそ話しているのはキモがっているのではなく、露骨に接触するとすぐ逃げてしまう召喚教授の、人間離れした美しさをこっそり堪能しているだけなのだ。ニビからすればうらやましい限りである。
自分は教授みたいに背も高くないし、野性味あふれる褐色肌の美形でもない。部活動としての人気はいまいちの水晶魔技部で地味に活動する地味な生徒の一人。たまに女子生徒から絡まれても、ニビ君てちょっと可愛いよね、とか笑って言われるぐらい。ちょっとって何なんだ、ちょっと、って。そんな微妙な可愛さなどいらない。
まるで大切な友達ひとりすら助けにいけない自分の中途半端さを露呈しているようで、みじめな気持ちになるから。
「ニビ君、豚カツ定食は……?」
トレイにのせられた蓋付きの丼鉢がひとつだけしかないのを見て、尖った耳までしょんぼりする召喚教授。
女神の御使いが現れると、その地に残されていくという絶品レシピのひとつ。貴族や商人達が重要な会議や商談成功の為にこぞって求めるという豚カツ定食は、召喚教授もお気に入りのメニューだった。
「あ、昼と同じ豚カツ定食だと飽きると思って、寮の台所でカツ丼にしちゃいました」
「見事だ、ニビよ! 褒美として貴様に我が領土の半分をくれてやろう!」
感動のあまり四天王モードでニビを労う召喚教授。
「いや、研究室半分貰っても」
夢中になってカツ丼を食べ始める召喚教授。研究室に人がいる気配はない。ただ獣人のニビには分かる程度の香りがわずかにする。ナギの匂いだ。残り香だろうか。本人にはとても言えないけれど、ものすごく甘い果実みたいな香りと、朽ちる寸前の木が一輪だけ咲かせている花の香りみたいな、とても複雑な匂いだ。
「ナギさんまだ帰ってきてないんだ……」
水晶魔技部の活動を始める前に研究室をのぞいた時にはまだ来ておらず、部活を終えて再びのぞきにきた時には、すでに梛はレンを探しに地下水路に潜った後だった。
「……教授、僕ちょっと様子見に行ってきてもいいですか」
中途半端な自分でどこまでやれるか分からないけれど、もう待つのは嫌だ。
「ひょのひふよーあふぁい」
「食べながらしゃべるとむせますよ。何で必要ないんです?」
「んぐんぐ……ほら、この間から水晶魔技部でニビ君と共同実験してた結晶あったでしょう」
「魔術による隠蔽工作を受けない為に、隠形の術式を組み込んだ試作のやつですか?」
「ええ、それに位置情報が丸わかりになる術式を重ねて結晶に組み込んでお渡しできましたので……これでもう姉様がどこにいるか、いつでもどこでも分かりますよ!」
「教授、それウキウキしながら言う事じゃないです。失踪調査に使うなら必要な機能だとは思いますけど、それナギさんにちゃんと説明しました?」
「これにGPS機能ついてるのっ!? やってることストーカーよーっ!?」
突然ツッコミが入ったかと思うと、ニビと教授の前にピッカピカに輝いたリッチの姿が現れた。
「めちゃくちゃ光ってる!? どちら様ですか!?」
「貴様は魔王軍四天王、沈黙の工房長!?」
「私はナギお姉さんでーす! 今すぐGPS機能外しなさーい!!」
手に結晶を握った梛はそのまま大きく振りかぶって召喚教授に投げつけた。
「ボールだあっ!」
だがぶつかる寸前、梛の剛速球は笑顔のニビにあっさり受け止められていた。
「はいっ」
捕まえた結晶を、すぐにリッチの梛へ投げ返す。そして満面の笑顔でニビは言った。
「次はどこ投げるの? 早く投げて投げて!」
ニビのしっぽが元気いっぱい振り回されている。頭の上の人工精霊の小鳥まで元気いっぱいに羽をぱたつかせていた。
「……とってこおおおおいっ!」
梛が大きな放物線を描くように結晶を投げると、歓声をあげてニビが追いかけていく。
「取って来たよー!」
見事にキャッチして、嬉しそうに息を弾ませて戻ってくると、ニビは再び梛に結晶を渡した。
「ニビ君、あなたボール遊びが大好きなのね」
「ハッ!? うわあっ、またやらかしたっ!」
我に返ると、真っ赤になって頭を抱えるニビ。普段は気を付けているのだが、獣人の習性なのか、どうもボール状の物を見ると楽しかった幼少時の記憶に引っ張られて無我夢中で追いかけてしまう癖がある。
「気にしないで。素敵な笑顔が見れてお姉さんは大満足よ!」
「やめてよ、もう……。教授はそんな妬ましい顔して睨まないで下さい。それはそうと何でナギさん骨になってるの。あと、すごい光ってるけど」
「姉様の足が……姉様のおみ足が大腿骨や脛骨にいいい……!」
「あ、この体はキーマたんから借りてるの」
「キーマたんて、妄想の相棒の……?」
「いるから! でも光ってるのはよく分からないわ。キーマたんは実験がうまくいった的な事を言ってたと思うんだけど……」
正直怒涛の勢いで説明された内容はうろ覚えだし、何かに注意するように言われた記憶もない。忘れてるだけかもしれないが。
「ふむ……魔力回路から魔力が漏れているようですね」
近付いてしばらく骨の光具合を観察していた召喚教授が呟いた。
「えっ、そうなの? つまり私が原因?」
「膨大な魔力を持つ姉様ならではの問題ですね。別属性の魔力回路が層状になっているので、それぞれの交差するところで反発作用が起きて魔力が外に漏れてしまうんですよ。もう少し抑えて下さい」
「押さえ方が分からないからこんな状態になってるのよ。魔力も生命力もごっちゃにして使ってるみたいで……」
「魔力循環は基礎中の基礎ですから、すぐ出来るようになりますよ」
「基礎中の基礎!? って、言われてもどうすればいいのか……」
出来なかったら永遠にひとりディスコ状態になってしまう。
一抹の不安を感じながらも、真面目に召喚教授の即席講座に耳を傾ける梛だった。
いつもお読み下さってありがとうございます! 初めましての方も、何話かずつ読み進めて下さっている方も本当にありがとうございます!!
次回更新は10月10日頃を予定しております。
雨の多くて大変な毎日ですが、どうかお体を大切にお過ごし下さいませ。




