61話 通りすがりなのよー!
「だけど、本当によかったんですか? ムサリスさんが矢面に立ってしまって」
探知術式に引っかかって、女神の御使いだとマーキングされてしまったのは福籠梛の青いキューブだった。
だが目の色を変えてやって来た魔導学園の生徒達がそこで見たのは、モモンガ獣人のムサリスと、平民の従者っぽい元野盗達の姿だけだ。
梛は召喚教授から借りていた、姿と気配を消す結晶で身を隠し、ぴったりとムサリスの後ろに貼り付いていた。あたかもムサリスがマーキングされたキューブの持ち主だと、やって来た生徒達に思い込ませるよう仕向けていたのだ。
こっそり耳打ちする梛にムサリスはにやりと渋い笑みを浮かべたが、つぶらな瞳のモモンガ獣人なので人間には天使のような微笑みにしか見えなかった。
「はうっ! むしゃりしゅしゅまいりゅっ!!」
「部長がまた失神した!」
ムサリススマイルでぶっ倒れた、モフモフを愛でまくる会のボクっ娘部長が部員達に介抱されている騒ぎに乗じて、梛とムサリスは小声でやり取りをかわす。
「気にしなくていいぜ、お嬢ちゃん。実際、俺様も女神の御使いである事に変わりないんだからな。また他の探知術式にお嬢ちゃんのキューブが引っかかったとしても、しばらくは俺様が何かやってると周りが勝手に解釈してくれるさ」
「ムサリスさん大胆っ!」
「それに今回来たのは可愛い連中のようだが、魔道研究者には頭のネジが百本や千本外れた奴もいるからな。お嬢ちゃんより、ちっとは名の知られた俺様が御使いだと思われてた方が、却って手を出しにくいもんさ」
「ムサリスさん頼りになるわっ!」
「ふっ、あんまり誉めると毛づくろいしたくなるから、よしな」
「姉御、姉御。マーキングが取れてキューブが見えなくなりましたぜ」
元野盗の一人がムサリスに話しかける体で梛に囁く。
「他の監視もなさそうだな。今のうちにここから離れちまいな。お嬢ちゃんも何か目的があってここに来たんだろ?」
「……推しの行方を探しに来たんだったわ!!」
元野盗達やムサリスとの出会いが強烈で、すっかり最初の目的が脳から追いやられてしまっていた。
「俺様はこの賑やかな坊や達を連れて先にダンジョンから出ておくぜ」
「ありがとう、ムサリスさん。今度何かお礼させて下さいねっ」
「お嬢ちゃんのお誘いならいつでも歓迎するぜ。気を付けて帰りな」
姿を消したまま、梛は密集する生徒達にぶつからないように跳躍して、壁伝いに移動しながらその場から立ち去った。
「あれっ? 姐さんは?」
元野盗達は梛に置いてけぼりにされたので、ムサリスについていくしかなかった。
ダンジョンを軽快に走りながら、梛は再びレン君の守りを使った。宝石でできた獣の像の口から放たれた光は、ダンジョンの上層階にいてもさらに上を指し示している。
「レン君は地上に戻ったって事なのかしら……」
ひとまずダンジョンから出る必要がある。だがダンジョンの出入り口だと折角別行動してくれているムサリス達とかち合わないとも限らないので、梛は最初に入った地下水路側の出入り口を使う事にした。
相変わらず明るく灯った石造りの階段を上っていくと、見覚えのある人気のない建物裏の敷地に出た。外気の新鮮さを感じる心地よい風が吹いている。
レン君の守りの光は角度を下げてゆるやかに伸びていき、ある一点に吸い込まれていく。少し離れた場所にある大きな建物の壁。
「教授が何かの施設とかどうとか言ってたわね」
見た目は完全に物流倉庫のような建物に近づこうとして、足が止まる。
進む先の木立の陰から、何やら声が聞こえてくる。
「おい、どうした貴様! もっと早く進め! これじゃ散歩にならんだろうが!」
どこかで聞いたような声がする。茂みからこっそりのぞくと、そこには何とも言えない光景が広がっていた。
「お前達がさっさとオレを助けないから足が痛くて歩けないんだ!」
地下水路に潜る前に、正座にして拷問的な彫刻を膝にのっけた居丈高貴族生徒が、自分より年上の使用人を四つん這いにして馬乗りになっている。すでに何人もの使用人が馬役をさせられたのか服をボロボロにして芝生の上で倒れ込んでいた。
自分が痛い思いをした憂さ晴らしをしているらしい。もしくは使用人達が結託して自分に怪我をさせたとでも思っての嫌がらせか。とりあえずその誤解は解いておこう。
「あるじを守れなかった事を反省しぐふぉおおおおっ!?」
居丈高貴族生徒は梛の回し蹴りで吹っ飛んだ。
「ごめんあそばせー!」
梛は結晶の効果を止めて姿を現すと、ここぞとばかりに悪役令嬢ムーブで居丈高貴族生徒に対峙した。
しかし梛はすっかり忘れていた。
自分がホムンクルスメイドではなく、キーマの前身のリッチの方の体に憑依していた事を。
今、居丈高貴族生徒とその使用人たちの目の前にいるのは、ローブ姿でカーテシーをする骸骨だった。
しかも骨の表面は闇と光の二層構造になった魔力回路が血管のように張り巡らされて、ミラーボールの如く溢れる魔力が乱反射している。完全にひとりナイトクラブ状態だった。
「うおわああああーっ!? ななななななんだお前はーっ?!」
「通りすがりの悪役令嬢ですわ!」
「どこが令嬢だーっ!?」
居丈高貴族生徒どころか、使用人達まで血の気の引いた顔で梛を見つめている。異様な姿に腰が抜けている者すらいた。
思わず自分の体を見下ろすと、いつもお腹を視界から遮る大きな胸がない。胸どころか見えるのは骨だけだった。ちょっと悪役令嬢っぽくないかもしれない。
「……通りすがりの悪役令嬢カッコ骨カッコ閉じですわ!」
「骨を付ければ通用すると思うなよ! 大体その骨格、どう見ても男だろうが!」
「まあ、別にこの際何でもいいのよ。悪役令嬢でも骨でも」
「何だと?」
「あなたが自分の使用人達をこれ以上憂さ晴らしの標的にしないなら、それで。だけどまだ彼らを傷つけると言うのであれば……」
「なっ、何をしようって言うんだ!? そんな脅しにこのオレが屈するとでも……!」
「毎晩夢枕に立って、『我も汝もリッチー』ってエンドレスで囁き続けるわよ!」
「ひいっ!?」
恐ろしい提案に居丈高貴族生徒は後退る。
「リッチになるのはいやだああーっ!!」
「使用人を傷つけないのなら、あなたをリッチにするのは諦めるわ」
「やっ、止めるっ! もう使用人達で憂さ晴らししたりしないっ!」
「だったらひとまずは様子見させてもらうわ。今のところはね……うふふ」
クスクス笑いながら、リッチの姿が消えていく。
「しないっ! もういじめないからっ!」
虚空に向かって命乞いする居丈高貴族生徒。使用人達はこっそりと姿の消えたリッチに向かって深々と頭を下げた。
そして魔導学園の七不思議には、いつの頃からか横暴主人を闇へと引きずり込むオネエなリッチの怪談が加わる事となった。
いつもお読み下さってありがとうございます! 4、5、7日にまとめ読みして下さった方もありがとうございまーす!! そして更新してから見つける誤字脱字……それでも毎回読んで下さる皆様のあたたかい応援に支えられております……更新もちょっと遅れました、すみません……。
次回更新は8月20日頃を予定しております。暑さもですが台風にもお気を付けてお過ごし下さいませ。




