60話 出番がないわー!
宙に浮かぶ青いキューブをふてぶてしい三匹の猫が取り囲んでいた。
半透明の姿でグルグル回って、発情期のような鳴き声を上げ続ける。
魔導学園の生徒達が、その探知術式でマーキングされた女神の御使い目がけて殺到した。
「ようこそ、女神の御使い殿! 我らは古代歴史研究部だ! ほんのちょこっとでいいから歴史の真実を教えてくれ! できれば埋蔵金のありかとか!」
「女神の御使い様をあなた達の低俗な遊びに付き合わせないで! それより今すぐ女神の美の秘訣をわたし達麗しき薔薇乙女化粧開発部に教えてちょうだい!」
「何を呑気な事を! とっとと解剖して神の世界の神秘を暴くのだ! そのついでに解体した肉と臓器は我々魔獣食研究部が美味しく有効利用する!」
「こんな愛らしい御使い様を料理しようとするな! 大体ボクの探知術式で居場所が分かったのに有象無象がしゃしゃり出るんじゃない! 御使い様はボク達モフモフを愛でまくる会が、モフモフ大精霊様として未来永劫信仰していくのだっ!」
「偉そうに喚かないで、この化粧っ気のない平民ボクっ娘が!」
「何だとこの金満厚塗り女!」
「ぎゃあっ! 麻酔針が刺さった!」
「こんな狭い暗渠で暴れるな、野蛮な現代人どもめ!」
それぞれの部員を引き連れた部長格の生徒達が取っ組み合い寸前の口喧嘩を繰り広げている。
元野盗達はしばらくポカンとして魔導学園の生徒達を眺めていた。
今の若い子ってもっとすました感じじゃなかったっけ……。
自分たちの好きなものに対する若者のあまりの熱量に、元野盗達は口出しするのもはばかられてしまう。部員達が応援要員に徹しているところを見ると、一応無用な争いは避けたいようだが、それもいつまで続くか分からない。
「歴史だ!」
「美容ですわ!」
「魔獣ステーキ!」
「肉球サイコー!」
なにせ部長達の口喧嘩がカオス過ぎて全く意思疎通出来ていない。
「おいおい、本人ほったらかして勝手に話を進めんでくれよ?」
生徒達の熾烈な口合戦を一瞬で鎮めるほどの渋いイケオジボイスが通路に響く。
「しっ、しかし歴史の真実を知るのは重要な事だ! 同盟国との連絡だってここ何年も絶えたせいで、周辺諸国から狙われる我らの自治を盤石にする為にも……!」
「坊や、歴史の探求は大いに結構だが、真実とやらでも使い方を誤れば盤石どころか液状化現象を起こすぜ。己の学び舎を守りたければ過去を知るだけでなく、それを先の世に活かす術を学びな」
「言われてみれば今の我らには地政学の方が必要かっ!?」
「でしたら、せめて女神の美の秘訣だけでも! 女神様はどんな美容品をお使いになるの!?」
「お嬢ちゃん、美しさを求めるのは生物として至極真っ当な欲求だ。だが俺様は女神が化粧をしているところを見た事がない。する必要がないのさ」
「あ……あの美しさですっぴんですってーっ!?」
「魔獣……食いた、い……」
「麻痺毒が効いてる間は無理するなよ、坊や。それとオレは獣人であって魔獣じゃない。それでも食おうとするなら全力で抗うぜ」
「そんなに体鍛えてるのに……魔獣じゃないんかい……」
「御使い様、御使い様! モフモフ吸ってもいいかい!?」
「おっと、しょうがねえお嬢ちゃんだな。そんなに俺様をモフりたいなら来なよ。このただし他のモフモフが吸えなくなっちまっても知らねえぜ?」
「えええええええーっ!? 一体どんなモフモフ具合なのっ!? あっ、だめっ! そんなに見つめないで御使い様……っ! ボ……ボクをどうしたいんだいっ!?」
顔を赤らめへたり込んだボクっ娘部長の顎をクイっと持ち上げると、ムサリスは不敵に笑う。
「俺様をモフりたいなら、御使いじゃなく名前で呼んでほしいだけさ、お嬢ちゃん」
「よっ、呼ぶよっ! 御使い様のこと名前で呼ぶっ! だからボクに御使い様の名前を教えて……!」
おれ達は今、一体何を見せられているんだ……と、元野盗達は思ったが口にはしなかった。
「俺様の名はムサリスだ」
「伝説の魔道士ムサリス様ーっ!?」
衝撃の事実に生徒達が驚愕する。
「ヤバいぞ、伝説が目の前に……伝説の魔道士ムサリスが生きてたなんて!?」
「今いくつなのよ!? お目々がキラキラなんだけど!? 不老なの!? 一体どんなお手入れしてるのよ!?」
「魔道士なのに……魔獣レベルの鍛え方をしているのか……!?」
「むしゃりしゅしゃま! むしゃりしゅしゃまーっ!!」
「ダメだ、部長が推しモフに会って語彙力低下してる……!」
伝説の魔道士との遭遇にパニックになる生徒達にムサリスは渋イケオジボイスで言った。
「それで俺様をどうしようってんだ、坊や達?」
突如ムサリスの体から魔力が溢れ出し、轟々とうなりを上げる。
「ひいっ!?」
普段講師や教授陣のお上品な忖度魔力しか見ていなかった貴族生徒達は腰を抜かしてへたり込む。荒事上等な平民生徒ですら逃げ出したくなる圧力だった。
「あああっ、むしゃりしゅしゃま、しゅてきぃ~」
ほとんどの生徒は完全に戦意喪失の状態だったが、ボクっ娘生徒は目をハートにして大興奮していた。
「そうだお嬢ちゃん、このやかましいのを解除してくれ。落ち着いて毛づくろいもできん」
「そんなのすぐ取っ払うよ!」
「部長があれだけ自慢してた探知術式をそんなの扱いしてる!?」
「さあ、早く戻っておいで」
目がハートのままボクっ娘部長は半透明の猫を呼び寄せた。
三匹の猫達はちらりとボクっ娘部長を一瞥すると、再び泣き喚きながら青いキューブを回る。
「なっ……! ボクのいう事を聞かない……!? まさか世界の因果律に何かが起きた……!?」
「部長がそんなの呼びしたから単にふてくされてるんだと思います」
部員達にたしなめられて我に返るボクっ娘部長。
「ボクとした事が……ムサリス様の魅力に夢中になるあまり、キミ達をぞんざい扱うなんて……!」
がくりと床に膝をついてうなだれるボクっ娘部長。
「すまなかった、猫精霊達! お詫びにボクの全魔力でもってキミ達を精霊界に戻すよ! 出でよ! 猫精霊に連なる最高に可愛い至高のモフモフよ!! その可愛さでもって猫精霊達を元の世界に連れ還り給えっ!」
ボクっ娘部長は宙に魔法陣を描いて一匹のモフモフを召喚した。
召喚されたのは何故かセクシーポーズで横たわる白キマイラのキーマだった。
「……誰が我を臨時しょー喚しゅたでしゅか? 我もうましゅたーがいるから主従契約お断りでしゅ。毛ぢゅくろいの邪魔しゅないでにゃ」
「あああああっ! きゃわいしゅぎりゅうううう!!」
眠気で目を瞬かせたキーマの姿に、ボクっ娘部長が感極まって失神した。さすがにそっぽを向いていた半透明の猫精霊達も心配したのかキーマに駆け寄って何か訴えかけている。
「我可愛いからしょーがないにゃ。とりあえず精霊界には送り届けてあげるでしゅよ。ついてくるにゃ」
キーマは甲斐甲斐しく半透明の猫達を連れて魔法陣の中に戻っていく。体が完全に沈む前にちらりとムサリスの方を見やってキーマは呟いた。
「ムサリスがいるにゃ……してんのーしゅてたのバレたら怖いからしゅぐ還るでしゅ……」
ちなみに福籠梛は姿を消した状態でムサリスの後ろに貼りついていたので、部長達のやり取りもツッコめず、キーマに声も掛けられずにフラストレーションが溜まっていた。
いつもお読み下さってありがとうございます! 26日にまとめ読みして下さった方ありがとうございます!! 今回の熊本の地震で大変な思いをされていらっしゃる方々が、どうか一日でも早く日常を取り戻せますように。
次回更新は8月10日頃を予定しております。




