59話 見つかっちゃったわー!
ボスモンスターの部屋いっぱいに漂う、焼けたイカの香ばしい匂い。床が妖しい光で輝き、魔法陣が浮かび上がる。
「お嬢ちゃん、今だ!」
「はいっ!」
福籠梛は伝説の大魔道士ムサリスの掛け声に合わせて、次元収納から取り出したホムンクルスクラーケンを魔法陣の上にのせた。
すでにアイドルグループらぶちゅるちゅのきゅーみーに、闇のフレアで焼かれて干からびていたクラーケンのその姿は、炭火で炙る焼き網のスルメに見えなくもない。
一瞬、魔法陣から新しいホムンクルスクラーケンの腕が出かけたが、梛の置いたクラーケンがいたからか、すみやかにまた魔法陣の中へ還っていく。
「うまくいったな。これで魔法陣の術式を全部書き写せるぜ」
モモンガ獣人のムサリスが、大きくつぶらな瞳を輝かせる。見た目はモフモフで可愛いが、仕草や声は完全に渋いイケおじだ。
梛の置いたスルメ状態のクラーケンの下にもぐり込んで、怪しい光を放つ魔法陣を書き写していく。
「なるほどな、ここはこうなっていやがったのか」
声は渋いがモフモフのお尻としっぽの動きが可愛くてこっそり和む梛だった。
「……ん? これは起動式だけ? 他の術式はどこに……魔法陣が何重にも圧縮されてるだと!? しかもヒカリネズミ坊やだった頃の俺様が考えたかのような読み辛い書体と細かいフォントじゃねえか。まるで黒歴史を見るようだぜ。しかも何だこの洒落たデザインの尖った付属魔法陣は? 見た目優先でゴテゴテに派手な修飾語ばかり付与するから起動時間がかかって、魔力の損耗率も上がるんじゃねえか……」
長くて平たいしっぽをボワボワに膨らませたムサリスは猛烈な早口でぼやきながらも、忙しなく魔法陣を調べていく。
「全部写せましたか、ムサリスさん」
作業が済んでスルメクラーケンの下から這い出してきたムサリスが溜息をついて首を振る。
「書けたのは書けたがな……訳が分からん部分の方が多いな」
「ムサリスさん、伝説の魔道士なのに!?」
「お嬢ちゃん、俺様はつい最近まで冬眠してたんだぜ? 魔王討伐以降の魔術に関しちゃ、滑空の練習で地面に落っこちるのを繰り返す巣立ち前のヒカリネズミ坊やぐらい、ほぼお手上げ状態さ」
ムサリスが肩をすくめると、つられて滑空に欠かせない飛膜も揺れる。豪華なコートの裾のような動きに、しかしムサリスは満足いかない様子だ。梛はふと思い出した。
そういえば飛膜までムッキムキに鍛えたいんだったわ……! 鍛えたら滑空するのに差し障りがありそうなんだけどいいのかしら……。
「だがそのおかげで分かる事もある。こいつは古代から現代まで高度な魔術の知識があるやつの仕業だって事さ。少なくともいたずらや思い付きで書き換えた即席の魔法陣じゃない。安全装置の術式を完全に理解して、その上で転移先をダンジョンの入り口ではなく、この部屋に変更している」
「何が目的でそんなたちの悪いことを……」
「そうだな、お嬢ちゃん。こいつは目的を持った魔法陣だ。逃げようとする挑戦者の希望をことごとく潰えさせて部屋に閉じ込め、何度も何度も戦わせる。実験めいた目的だ。どうもきな臭くてかなわんぜ」
ムサリスは持っていたペンを再び超重量金属杖に戻すと、ホムンクルスクラーケンの下に差し込んで、器用にくるりと魔法陣からひっくり返して移動させた。
「姐さーん! また扉が閉まるんでご無事でーっ!」
「ここで待ってますぜ姉御!」
「姉貴、頑張ってー!」
「だからおねえさんはやめてほしいんだけど……」
開きっぱなしだった部屋の扉がまた閉まる。
「さて、用は済んだし、俺様の許諾もなく勝手に書き換えた魔法陣をこれ以上稼働させておくわけにもいかねえな」
魔法陣が妖しい輝きを増して、新しいホムンクルスクラーケンが現れた。
「ゆっくり休みな、坊や」
超重量金属杖の一打でホムンクルスクラーケンが床の魔法陣ごと粉砕される。
「よし、とっとと部屋からずらかるぜ、お嬢ちゃん」
クラーケンが倒された事ですぐに部屋の扉が開き、外にいた野盗達が目を瞬かせている。
「安全装置壊してよかったんですか?」
「この部屋だけだから問題はないぜ。ただ魔法陣が再構築されても面倒だから、部屋には入れないように結界を張っとくさ。ああ、だが転移罠で放り込まれるやつもいるだろうから脱出口は作るか」
最後の方はほとんど独り言のように呟くと、ムサリスはボスモンスター部屋の扉を超重量金属杖で軽く突いて破壊した。
「おあーっ!?」
重い金属扉が紙切れのように地面に倒れていくのを見て野盗達がのけぞる。
おあーっ……ゴオン……おあーっ……ゴオン……おあー……っ……ゴオ……ン……。
叫び声と倒れた扉の衝撃音がダンジョンの通路をこだましていく。
「危ねえよ、兄さん!」
「こんな分厚い扉がへし曲がるなんてとんでもねえな、旦那」
「兄貴すげえ!」
ムサリスの力技を口々に驚きながらも、元野盗達は嬉しそうに駆け寄ってくる。
「おいおい、まだいたのかお前さん達。随分と懐っこい人間だな」
大の大人達が子供サイズのモモンガ獣人にメロメロになっている。
「動物園のモモンガコーナーでテンションが上がってる子供みたいだわ……」
無邪気な笑顔を見ていると、何故キーマの館で野盗なんてしていたのか不思議に思えてくる。
「程よく運動もできたし、プロテインの時間だ。地上に戻るぜお嬢ちゃん」
あおー……っ……あおー……っ……あおー……。
「それにしてもよく響くダンジョンね。他のモンスターが寄って来ないといいけど……」
あおー……ん……あおー……ん……あおーん……。
「ん?」
あおーん……あおーん……あおーん……。
「えっ? 何だか音が違う……?」
元野盗の叫び声だと思っていた反響は、地上階へ近付くにつれどんどん大きくなっていく。
あおーん! あおーん! あおーん!
「な、何なのこの発情期のオス猫の鳴き声みたいなうるさい音は!?」
「姐さん! 頭の上……!」
「何これ!?」
梛の頭上に半透明の三匹の猫が現れ、グルグルと空中を歩き回っている。
あおーん! あおーん! あおーん!
妙にふてぶてしい顔をして歩き回っていた猫達が足を止めた。
「ああっ!? ちょっとなにマーキングしてるのっ!?」
三匹の半透明猫は、まるで自分の縄張りであるかのように、梛の頭上におしっこを引っかける。
するとマーキングされた所に青いキューブが出現した。
「なっ……姐さんの頭の上に、神話に出てくる女神の御使いの神具が……!?」
「えっ? キューブさんのこと見えるの!? まずいわ、こんな剥き出し状態だったら、学園中に知られちゃうじゃない」
追い払おうと手を振っても、実体がないのか三匹の猫は素通りしてしまう。
「こいつは探知系術式っぽいな。現代魔術ってのはユニークだぜ」
興味津々で目を輝かせるムサリスの言葉にふと思い至る梛。学園都市に潜入する前に、セクシーマッチョ店主とキーマに言われていた。魔導学園内でキューブを出したらすぐに女神の御使いだとバレると。
「ハッ!? ダンジョンでホムンクルスクラーケンを次元収納から出したけど……まさかそれに反応して? 何で地下のダンジョンが魔導学園判定されるの!?」
「ここは学園の管轄ダンジョンだぜ、姐さん」
「たまげたな、姉御は女神の御使いだったのかい」
「さすが姉貴!」
「喜んでる場合じゃないのよ。学園の研究者に見つかったら私、実験体にされちゃうわ……!」
まだレン君も見つけられていないのに!
「……こうなったら体を交代よっ!」
梛はキューブの次元収納を展開すると、中からあるものを取り出して憑依した。
「ああっ!? あの時追いかけてた骨! て事はおれ達ずっと姐さんを追っかけてたのか」
「おったまげたな、こりゃあさっさと野盗から足を洗えって女神からのお導きだろ、姉御」
「何であんなに素晴らしい巨乳を止めたんだよ、姉貴」
「これはどうっ!? キューブさん消えてるかしら!?」
キーマから預かったリッチになって、召喚教授に借りた結晶で姿を消してみる。
「姐さんは消えたけど、青いのはしっかりおれ達にも見えてるぜ」
「姉御、上層階から御使いを探しに大勢やって来てるみてえだ」
「こっちの位置も特定されてるみたいだよ、姉貴」
「うわーん! どうしたらいいのー!?」
梛の耳にも大勢の人の足音が聞こえてくる。
「落ち着きな、お嬢ちゃん」
ムサリスがにやりと不敵に笑う。
「俺様がそばにいるぜ」
渋いイケオジボイスでしびれるほどカッコよかったが、お目々がキラキラしてぬいぐるみのように可愛らしかった。
いつもお読み下さってありがとうございます! 15日と16日に一気読みして下さった方もありがとうございます!! とんでもない暑さですが、どうかお体大切になさって下さいませ……。
次回更新は7月30日頃を予定しております。




