56話 ここはどこー!
陽が暮れてからも間近に迫った競技祭典の準備で、魔導学園の通路には生徒達が多く行き交っていた。
活気に溢れた生徒達の隙間を縫うように、福籠梛は進んでいく。
「本当に誰にも気付かれてないわね」
召喚教授に渡された、姿と気配を隠せる水晶の効果で、誰も梛=ホムンクルスメイドの大きな胸に視線を送る者はいない。
「これリアルでも使いたいかも。あっ、だけどレン君にも気付かれなくなっちゃうのね……」
帰り際のレンの姿を思い出して梛は満面の笑みになった。
梛が駅まで送っていった時も、レンは交通量の多い車道側を歩こうとしたり、ちょくちょくエンカウントするナンパから守ろうとしてくれたりといった気遣いを見せていた。
「きっと普段からレン君のお母様をあんな風に守ってるんだわ。レン君リアルでも素敵で優しいっ!」
梛は心の中で推しの尊さを噛みしめまくっていた。もしかするとレンの親族に追跡調査されているのではと思っていなければ、エスコートされるたびにぷにぷにほっぺをつんつんしたり、ぽっちゃりボディをハグしていたかもしれない。
待っててねレン君! また二人で異世界ライフを楽しむ為に、ミラーのレン君は私が見つけるから!
生徒達にぶつからないよう気を付けながらも、梛は生徒の様子を観察した。
「備品は足りてますか? 不足分があればすぐに報告を」
「守護騎士の申請開始は今日からでしたの!? 急ぐのよ! 早くしないと、舞踏会で他家のご令嬢に人気の騎士様を全部奪われてしまいますわ!」
「彫刻のオブジェがこの位置だと招待客の動線を途切れさせてしまうな。今のうちに窓際に移動させてくれ」
地下水路への入り口がある東塔は、主に貴族生徒の拠点となっている為か、力仕事は手配された業者や従者や取り巻きの下級貴族にやらせている構図が多い。主従関係の良し悪しで作業の段取りや効率にもバラつきがある。それは今後の貴族社会での采配の振るい方にも現れてくるのだろう。
「おい、いつまでやってるんだ!」
一際声が大きかったのは、テーブルのコーディネイト作業をしていた使用人の手から、カトラリーを叩き落として居丈高な態度をとる貴族生徒だった。
「そんなものは後回しにしてさっさとオレの仕事を手伝うんぎゃあっ!?」
居丈高貴族生徒の膝裏を蹴って正座の状態にすると、江戸時代の拷問よろしく膝上に彫刻のオブジェをのっける梛。それでも誰も梛がやったと気付いた者はいない。
中庭にも格段に作業の速い一団がいる。体格の良さやふるまいから見て、騎士科の生徒達のようだ。重そうな資材を軽々と持ち上げ、仲間と談笑しつつ運ぶ彼らの逞しい姿を、女子生徒達が遠巻きに眺めて楽しんでいる。
「ふふっ、サッカーやバスケのアスリート系イケメンに憧れるようなものかしらー」
「おめでとう、大会の選手に選ばれたんだって?」
「繰り上がりでな。派閥の小競り合いで怪我人が増えてかなわん」
「いいじゃないか。目立てばどこかの有力貴族の護衛騎士になれるぜ」
「ああ、折角の機会だ。実力で上級貴族どもを叩き伏せてやるさ……!」
騎士科の反骨精神強めな生徒が決意を固めて突き上げた拳が、たまたま近くにいた梛の巨乳を下から持ち上げた。普段感じた事のないボリューム感。しかし、本能が告げている。
こっ……このやわらかさはもしや……!
見えないのに虜になってしまう弾力。拳がやわらかさの中に埋まっていく。思わず感触を確かめようとした瞬間、反骨精神強め生徒は手の動きに下心を感じた梛に反射的に叩き伏せられていた。
「キャーッ! 騎士様が急に倒れられたわ……!」
「しっかりしろっ! 傷は浅いぞ! くそっ、どこの派閥の攻撃だっ!」
「今年の大会は荒れるな……」
中庭の生徒達はいよいよ競技祭典の派閥争いが表面化したのかと騒然となった。
「びっくりした……見えないからって油断したわ……」
梛は自分が起こした騒ぎから抜け出して、ようやく目的の地下水路の入り口にたどり着いていた。
特に見張りも進入禁止を示す看板もない。遺跡のような石造りの入り口から、地下へ続く階段が伸びていた。
壁に嵌め込まれた材質の異なる石が、LED照明さながらに明るく灯って通路をずっと先まで照らしていた。手入れが行き届いている。
「全然湿っぽくないと思ったら、水が流れてないのね」
召喚教授から借り受けた報告書を手に、枯れた水路をたどっていく。レンの行方を調査した冒険者は複雑に分岐する水路の状況を詳細に地図に書き記していた。
「まるで水路を造った職人さんみたいな詳細マップだわ」
お陰で迷うことなく、調査員が調査を打ち切った場所までたどり着いた。
「ここでレン君の気配が消えたわけね……」
地図でも実際の場所でも特別な何かがあるわけでもない。何本かの細い水路が合流する、やや開けた空間だ。
「そしてここからこれの出番よー!」
梛はメイド服のポケットから宝石でできた獣の像を取り出した。
「名前はえーっと、えーっと何だったかしら。ちょっと難しい漢字の……」
ぎゅっと目を凝らすと、光文字が像の名前を教えてくれる。
「『貔貅の守り』改め『レン君の守り』です」
「レン君の守り……? ハッ、もしかしてあなたも主であるレン君を助けようとしてるのね?」
自分で名前を書き換えた事に気付いていない梛だった。
「よし、それじゃあ『レン君の守り』さん! 私をレン君の元まで導いて!」
楼閣群島で大勢のケンタウロスの中からレンの居場所を突き止めたこの獣の像があれば、最速で見つける事ができるはず!
「えーと、久しぶりで使い方ちょっと忘れてるわ。合言葉的なものがあったのよね……確か半分をどうのこうのとか……光文字さん、教えてっ!」
シャイヤールの教えを全く身に着けていない梛だった。
『半身を求めよ』
「そう、それだわ! 『半身を求めよ』!」
梛が宝石の像を掲げると、開いた口から光線が放たれる。
梛の周囲を何度か回転してから、光はまっすぐ行き先を指し示した。
「えっ、上……?」
光は天井を照らしたまま、微動だにしなかった。
「地下水路にはもういないって事?」
がっかりする梛の背後から近づく影があった。
「いるぞ……人がいる……」
「誰っ!?」
振り向くと、ボロボロの服を着た髭面の男達が近づいてくる。
「たす……助けて……」
力尽きて倒れる男達。
「どうしたの!? 一体何が!?」
梛が駆け寄ると、一人の男は力のない声で言った。
「動く骸骨追いかけて、道に迷ってずっとさまよって……ここはどこ……」
「キーマたんのお家で会った野盗じゃないのっ!」
いつもお読み下さってありがとうございます! お時間のある時に読み進めて下さってる方もありがとうございます!!
次回更新は6月30日頃を予定しております。
少々予定が立て込んでおりまして、文字数が減ってしまって申し訳ございません……。




