第198話 受け継ぐ意思
「だ、誰って・・・ 冗談にしては悪質ですよ。ガイア様」
アフロディーテは呆然としたまま話しかける。
「あなた、誰なの? その人たちも・・・ ぱぱと、ままはどこなの?」
いつまでもとぼけた態度を続けるガイアに、次第に怒りがこみ上げてくる。
「悪ふざけもいい加減にしなさいよ!! 性格悪いにも程があるわ!!」
「ひっ?!」
物凄い剣幕で怒鳴り散らすアフロディーテに、ガイアは咄嗟に頭を抱える。
「やめて!!」
アシーナはアフロディーテを羽交い締めにする。
「殺さないでください! お願いします! 何でもいうこと聞くから、皆を殺さないでください!! お願いします!!」
ガイアは逃げるようにベッドを飛び降り、ふらつく足取りで部屋の隅にしゃがみ込み頭を抱える。
「お願いします・・・ お願いします・・・」
ガイアは何かに怯えるように小さく体を震わせていた。
「記憶が・・・ ないのか? やはり、無理矢理エーテルを引き剥がされた弊害・・・」
アポロンは歯を食いしばる。
「様子がおかしいのは確かだけど、わざとではない事くらい仕草で分かるでしょ? ガイア様に当たっても何も解決しないわ。そうでしょ?」
「こんなの、ガイア様じゃないわ!! ガイア様は地母神で! アースを統べる王で! エーテル操作は世界一で、物知りで」
「慈愛に満ちていて・・・ 優しくて・・・ 笑顔が絶えない、最高の女神なの」
アフロディーテは全身の力が抜けその場に崩れる。
「こんなの、ガイア様じゃない・・・」
「帰ってきて。お願いだから帰ってきてよ」
吐き出した想いと共に涙があふれる。
「怖がらせちゃってごめんね。そんなに怯えなくていいんだよ。私達はあなたの味方だから」
アシーナは泣きじゃくるガイアに優しく微笑みかける。
「・・・ほんと?」
「もちろん! 私はアシーナ。よろしくね、ガイアちゃん」
ガイアはキョトンとした表情でアシーナを見上げる。
「・・・どうしてわたしの名前を知ってるの?」
「えっ?! え~と、それは・・・」
「俺達も君と同じエトナの住人なんだ」
アポロンが機転を利かせ会話に加わる。
アシーナは平静を取り戻し胸をなでおろした。
「俺はアポロン。君はアースの王女様だね? 君やご両親の事は、俺たち市民の誇りなんだ。名前くらい知っていて当然さ」
ガイアの表情がパッと明るくなる。
「そうよ!! ぱぱも、ままも、とっても優しいの!」
「えっとね! エトナはおいしいたべもの屋さんがたくさんあるの! 私のお気に入りは林檎のコンポートよ! それとね! お肉は」
幸せな気持ちを全身で表し、身振り手振りで一生懸命説明するガイアの前に大きな人影が立ちはだかる。
アフロディーテは疑いを持った眼差しでガイアを見下ろす。
わざと威圧感を放っているようにも見える。
「ひっ・・・」
ガイアはしゃがむアシーナの後ろに隠れる。
アフロディーテは頭を掻きしゃがみ込む。
「全く。どうしてこんなことになっちゃったのかしら・・・」
アシーナの後ろから顔を覗かせるガイアを睨みつける。
「だから止めなさいってば・・・」
「やれやれ・・・」
二人は頑なに認めないアフロディーテに苦笑いする。
突然アフロディーテの胸元が輝き出す。
「これはっ?!」
目の前に、手のひら大の大きさの、透き通った綺麗な透明の水晶玉が現れた。
「『大水晶』・・・?」
淡く、だが力強く輝きを放つ水晶玉に、ガイアはただ口を開け見入っていた。
やがて光は収まり、アフロディーテの手のひらに転がった。
「これ、ガイア様が作ったものなのよ。覚えてない?」
ガイアは恐る恐る首を横に振る。
ケストスを折りたたみ、ガイアの目の前に差し出す。
「この刺繍、とても綺麗でしょ? この刺繍の編み方を教えてくれたのも、ガイア様。私の中にはね、あなたが教えてくれた全てが詰まっているの」
ケストスは首を傾げるガイアの周りを取り巻くように宙に浮く。
「いいにおい・・・」
「あら。ケストスは私にしか使えないはずなのに」
ガイアは導かれるように、アフロディーテの手に光る『大水晶』に手を伸ばす。
「本能的に引かれるモノがあるのかしら・・・ きゃっ?!」
ガイアが水晶に触れた瞬間、まばゆい光がアフロディーテとガイアを包み込んだ。
『あの子の事、よろしくね。あなたになら、きっと心を開いてくれるから』
どこかで聞いた言葉が頭の中に優しく響く。
目の前の風景にうっすらと、満面の笑みで微笑みかけるガイアが重なる。
「ガイア様・・・」
アフロディーテが我に返ると、目の前にはこちらの様子を伺うようにおどおどする少女の姿があった。
アフロディーテを縛っていた何かが解けていく。
無意識に肩の力が抜ける。
「まま・・・?」
慈愛に満ちた表情で笑いかけるアフロディーテに、ガイアはふらつく足で求めるように踏み出す。
アフロディーテはガイアをそっと抱きしめた。
「あなた、お名前は?」
「・・・がいあ」
「とても素敵な名前ね。怖がらせるようなことしちゃってごめんなさい。でも、もう大丈夫。私がずっと傍にいるから」
確かめるように、抱く腕に力が入る。
心から安心する事ができた少女の思いは、大量の涙と共にあふれ出す。
アフロディーテは、腕の中で泣き叫ぶ少女をいつまでも抱きしめていた―――。
アシーナとアポロンはホッとした様子で顔を見合わせる。
「それにしても、ガイア様に一体何が起きたのかしら? 全くの別人になってしまうなんて」
「これまでのガイア様が達観しすぎていたんだ。本来、これくらいの年の子はこういうものだろう。そういう意味では、あるべき姿に戻っただけなのかもな」
「そうね。一応、アマルティア学院長にも相談してみましょう。エーテルに詳しい学院長なら、何か分かるかも知れないし」
「そうだな」
アシーナとアポロンは笑顔で抱き合う二人を見守る。
「だが、しばらくはそっとしておいてあげよう。二人の為にも」
「そうね」
ガイアは宙に浮くケストスに顔を埋め匂いに浸っている。
「全く。そんなにケストスが気に入ったの?」
「うん。いいにおい」
アフロディーテはガイアの頭を優しく撫でる。
「仕方ないわね。それ、あなたにあげるわ。いつか、ケストスを纏うにふさわしい女性に成長なさい」
「ほんと?!」
ガイアの表情が一気に明るくなる。
しかしすぐに困った様子を見せる。
アフロディーテの機嫌を伺うように恐る恐る目を見る。
「・・・いいの?」
アフロディーテはガイアの頭を乱雑に撫でまわす。
「わわっ?!」
「当たり前でしょ? 女に二言はないの。子供の癖に気を遣うなんて生意気よ。全く。無駄に賢いんだから」
「それを言うなら男だと思うが・・・」
アフロディーテはアポロンを睨みつける。
「うっさいわね。細かい事はいいの。有言実行に男も女もないのよ」
「フッ。その通りだな」
アフロディーテはガイアに微笑みかける。
「大事にしなさいよ。私の最高傑作なんだから」
「うん! ありがとう、まま!!」
思いもよらない言葉に、アフロディーテは一瞬戸惑う。
心の底からじんわりと湧き上がる温かい気持ちに身を委ねる。
「あなたが拘っていた理由、何となく分かった気がします。・・・ガイア様」
ケストスに夢中になる少女を見て、そんな母親のような気持ちになるアフロディーテだった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
また、評価・ブックマークもありがとうございます!
ご意見等ありましたら感想も頂ければ幸いです!




