第190話 光のカーテン
慌ただしく通り過ぎるガルウェングの人々。
町人はみな椅子やシートを持参し、上部の端にある海が見える丘を目指していた。
上部と下部を結ぶゴンドラは利用客で満員となっており、ゴンドラを待つ人々の長蛇の列ができていた。
道行く人に聞いたところ、どうやら今夜がピゴラピダの大移動が起こるらしいとの事だった。
「・・・どうしてお前までついてくるんだ」
当たり前のように同行するオリオンに呆れかえる。
「そりゃあ姫がいるからに決まってるぜアニキ!」
オリオンは爽やかに微笑む。
「別にお前がいなくともアルテミス一人くらい保護できる。それ以前に、こいつには護衛は必要ない。相手が勝手に自滅してくれるからな」
「どういう事だ?」
「こいつの能力は、相手が神であろうが人間であろうが、地を這う蟻を潰すくらい簡単に殲滅する。それくらい恐ろしい能力だ。せいぜい気を付けることだ」
「ちょっとニケ! 人を悪魔みたいに言わないでよ!」
アルテミスは頬を膨らます。
「そこまでは言っていないが・・・」
「同じようなものだよ!」
「それより、お前達はネメシスを追うのだろう? こんな所で油を売っていていいのか?」
詰め寄るアルテミスの頭を押さえつける。
「そっちはしばらくアキレウスに任せてあるから心配無用だ! オデュッセウスの事があるからな。居場所の捜索だけを指示してある。それと、ユピテリアの連中に事情を説明するにしても、リーダーが直々に赴いた方が説得力あるだろ?」
「確かに、それはそうですね!」
アルテミスは閃いたように手を叩く。
「さすが姫! 理解が早い!」
オリオンは即座にアルテミスの手を握る。
テッサは思い切り長刀でオリオンの手を叩き落とした。
「痛ぇな。何する下僕一号」
テッサは鋭い視線で睨みつける。
「それ以上アルテミスさんに触れるなら両断しますよ? それに、下僕ではありません。テッサです」
「面白れぇ。この前の続き、やるか? 身の程を分からせてやる」
「上等です。原型が残っても目障りなので、何の物体か分からなくなるくらい細かい粉塵にしてあげます」
「ふ、二人とも落ち着いて・・・」
間に挟まれたアルテミスは恐る恐る入り睨み合う二人をなだめる。
「それにしてもちょうどタイミングが良かったね。まさかピゴラピダを拝めるとは思っていなかったよ♪」
パンドラはピュラの手を引きウキウキしながら前を歩く。
「ぴごらぴだはおいしいの?」
「あっはは!! ピュラはほんと食欲の権化だよね! 食べられない事もないだろうけど、あまり美味しくないんじゃないかなぁ。光る昆虫だし。ぼくは遠慮しておこうかな」
アルテミスはピュラの頭を撫でる。
「ピゴラピダはね、見て楽しむんだよ。とっても綺麗な光のカーテンを作り出すんだって」
「ひかりの、かーてん?」
アルテミスは優しく頷く。
「見てからのお楽しみだね♪」
アルテミスはスキップしてパンドラたちの前を歩く。
「姫! 待ってくれ、俺も!!」
オリオンは急いでアルテミスの後を追う。
「触れさせないと言っているでしょう?!」
テッサも走っていく。
「やれやれ。結局観光になってしまっているな」
「たまには良いのではないでしょうか」
「そうですよ。息抜きしないと息が詰まってしまいます。あなたではなく、他の方々が」
はしゃぐ面々に呆れる俺の横で、パイドラとアリアドネも互いに微笑み合う。
丘の上に登ると何もなく開けた場所へたどり着いた。
夜空に引かれた一本の星の帯。
密集した星々は美しいグラデーションを織り成し輝いている。
至る所で町の人々が家族や友人同士で集まり、シートを広げて地べたに座り込み酒や食べ物片手に歓談に酔いしれていた。
絶壁の先には広大な大海原が広がっている。
穏やかに揺らめく水面は夜空を彩る星の帯を映している。
「へぇ~! こりゃあ絶景だ! そよぐ風も気持ちいい」
パンドラは絶壁の先端に立ち両手を広げる。
「あれ?」
パンドラが海に視線を落とすと、絶壁から突き出た小さめの岩が目に入った。
ほどよく芝が生え渡っており、シートも必要なさそうだ。
「あそこなら誰もいない」
閃いたように指を鳴らす。
「特等席じゃないか♪ 行くぞ我が友よ! ぼくたちが一番乗りだ!」
「おー!!」
パンドラは軽快にピュラを肩車し、突き出る岩に向かい絶壁に身を投げた。
「あ、危ないよ二人とも?!」
アルテミスが絶壁から顔を覗かせると、岩に着地したパンドラが手を振っていた。
「お、下僕二号のヤツ、良い場所見つけたじゃねえか。姫、俺達も行きましょう!!」
「へっ?! ちょっと待って! 心の準備がっ!?」
オリオンは動揺するアルテミスをお姫様を抱くように救い上げると、彼女の叫び声と共にそのまま絶壁に飛び込んだ。
「全く。騒がしい奴らだ」
「本当ですね。あの野蛮人のせいです」
テッサは両手を組み呆れていた。
「お前、本当にオリオンが嫌いなんだな」
「身の程もわきまえずにアルテミスさんに言い寄るからです。思い出すだけでも腹が立ちます」
俺は絶壁の下方を指差す。
「今まさに言い寄っているが、放っておいていいのか?」
「これから絶景が見られるというのに騒がしくしたくありませんからね。癪ですが、今は我慢してあげますよ」
テッサは頬を膨らましそっぽを向く。
こいつも随分と感情を出すようになったものだ。
思わず鼻で笑う。
「何か?」
「何でもない。気にするな」
「お前達は下へ行かないのか?」
パイドラとアリアドネは揃って首を横に振る。
夜空に向き直ると、周囲から大歓声が上がった。
溶けあう夜空と大海原を分けるように、ピゴラピダの群れは淡い緑色の光を放ち、幾重にも重なる光の尾を引きながら漆黒の夜空を彩り始めた。
海原に降り積もる雪のようにゆっくり降っては昇りを繰り返し、夜空に揺らめく見事な光のカーテンを作り出していた。
大海原に反射する緑色の光も相まって、何とも幻想的な絶景である。
「綺麗・・・」
アルテミスはその神秘的な光景に言葉を失う。
オリオンもパンドラもピュラも、その場にいた全員がピゴラピダの織り成す光のカーテンの虜になっていた。
「ひかりのかーてん」
ピュラは初めて見る絶景を心に刻み込むように、そっと胸に手を当てた。
「こんな素敵な風景を失うわけにはいきませんね」
テッサは光のカーテンを見つめたまま呟く。
「ああ。そうだな」
ピゴラピダの群れは次第に高度を上げる。
まるで見ている人々の思いを乗せていくように、夜空の彼方へ光の尾を引いていく。
そんな儚くも美しい光景を、俺達はいつまでも見守っていた―――。
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