第188話 追憶⑤
眼下には広く荒廃した岩々。
かつて栄えたであろう広大な神殿の遺跡。
庭園跡の真ん中に底の見えない漆黒の沼が目に入る。
よく見ると、沼から人影のようなモノが湧き出ており、人の形を模したそれらはゆっくりと徘徊していた。
「このような場所があったとはな。あの人影、闇の力を纏っている。いや、闇の力で構成されている?」
「な、何ですか。あの気味の悪い連中は・・・?」
ティシポネは息を呑む。
「感じ取ったのはあの子達で間違いないです。私達を呼んでいました」
ペルセポネは神妙な面持ちで徘徊するそれらを見下ろす。
クロノスは改めて周囲を見渡す。
「俺の空間把握術でもこの場所は感知しない程離れた場所だ。それを感じ取るとは恐れ入った。お前の持つ潜在能力は底が見えんな」
「いや~ん! クロノス様に褒められちゃった~♪」
ペルセポネはティシポネの横で大袈裟にはしゃぐ。
「はいはい。分かったから」
ティシポネは呆れてため息をつく。
「それより、彼らは一体何なのでしょうか? 見た感じ害はなさそうですけど・・・」
「ふむ。俺もこのような場所が存在する事を知らなかった。おおよその予想はつくが、調べてみる必要がありそうだな」
「ま、まさかあそこへ行くのですか?」
ティシポネの顔色が青ざめていく。
「あらあら? ティシポネったら、もしかして怖いのかな? カタブツだと思っていたけど可愛いところあるじゃない♪」
「だ、誰が怖がってなんか! い、行くならさっさと行くわよ!」
ティシポネは軽快に浮遊する岩々を飛び移り下って行った。
その様子を見たクロノスとペルセポネは顔を見合わせ笑顔になる。
「ちょっと待ってよ! 私が見つけたんだから一番乗りは私よ!」
ペルセポネも後に続く。
「全く。頼もしい奴らだ」
クロノスはその様子に鼻で笑い二人の後を追った―――。
「誰も攻撃してこないのですね」
ティシポネは細心の注意を払い警戒する。
「意思が宿っているようには見えんな。まるで人形だ」
「う~ん・・・」
ペルセポネは一人難しい顔をして腕を組んでいる。
「どうしたのよ? そんな険しい顔して」
「いや~、どの子が一番イケメンか吟味していたんだけどね? なかなか判断がつかなくて大変なのよ。みんな良く見えちゃうから悩んじゃって」
ティシポネは口をあんぐりさせている。
「あんた、嘘でしょ? これのどこが良く見えるのよ? どれも一緒に見えるし、そもそも神や人ですらないじゃない。そこまで行くと流石にちょっと引くわ・・・」
「えー!? そんな事言わないでよ! 親友でしょ?」
涙目ですがりつくペルセポネにため息をつく。
「この沼・・・」
(僅かに俺の闇の力と波長が合っている。という事は、この沼もまた星の意思・・・?)
「何か分かりそうですか?」
ペルセポネはひょっこり後ろから顔を出す。
「まだ何とも言えんが、俺たちにとって必要なものなのかもしれん。一旦タルタロスに戻って・・・」
突如、ただならぬ気配を感じクロノスは警戒態勢に入る。
「あ、ああああああっ?!!」
ティシポネの身体がみるみるうちに黒く染まっていく。
赤色に光る肩の紋章が黒く塗り潰されていく。
「ティシポネ・・・?」
ペルセポネが手を伸ばすと、彼女の背中から生えた黒く長い腕が襲い掛かってきた。
「きゃっ?!」
クロノスはペルセポネを抱え何とか回避する。
手をかざすと、金色の美しい装飾を施された漆黒の大鎌が姿を現れた。
「クロノス、様・・・?」
「なんてことだ。まさかこのタイミングで覚醒するとは」
クロノスは大鎌をティシポネに向ける。
「かく、せい・・・?」
「ああ。ここは闇の力で満ちている。力に触れすぎたせいで誘発したのか、それとも本当に偶然このタイミングで星に選ばれたのか、原因は分からない。何より、ペルセポネに危害を加えようとしたという事は・・・」
「うああああああっ!!!」
黒霧を纏ったティシポネは数本の腕を生やし、クロノス達に襲いかかる。
クロノスは大鎌を振り全て切り落とした。
「あああっ!!」
闇に染まったティシポネは苦痛に顔を歪める。
ペルセポネは大鎌を構え飛び出そうとするクロノスの腕を掴む。
「元に・・・戻るんでしょ?」
「こうなってしまってはもはや手遅れだ。命を刈り取るしか方法はない」
「戻るんでしょ・・・?」
握る手に力が入る。
「本来であれば、闇の力に覚醒したとしても性格が豹変する事はあり得ない。以前も話したが、本人の深層心理で破壊衝動が無ければこうはならないのだ」
「どういう、こと・・・?」
「俺の推測でしかないが、ティシポネはお前に何か強い恨みを持っていた。本人すら気付かないうちに、長い間その感情が蓄積し深層心理に定着してしまったのだろう。今の彼女は俺達のエーテルを喰らう事しか頭にないはずだ」
ペルセポネの表情が絶望へ変わる。
「そんな・・・ どうして・・・?」
「ペルセポネ・・・ ペルセポネェー!!!」
ペルセポネは戸惑いを隠せないまま、何とか闇の腕を躱す。
「お願いティシポネ!! 元に戻って!!」
「よせっ!! もう手遅れだ!!」
クロノスの制止を振り切り、ペルセポネは両手を広げティシポネの前に立った。
「どうしていつもあんたばかり!! ペルセポネェーーー!!」
ティシポネは黒き腕を思い切り突き出す。
「聞いてティシポネ!! 私はっ・・・?!」
ティシポネの黒き腕は無慈悲にペルセポネの脇腹を貫通した。
「か・・・はっ・・・!」
傷口から血が溢れ出る。
「いつも勝手に振り回しておいて、どうしてあんたばかり得するのよ!! ふざけるのもいい加減にしなさいよ!! 憎い! 許せない!!」
ペルセポネは貫かれたままティシポネを抱擁する。
「ずっと・・・ そんな風に思ってたんだ。ごめんね。私、鈍感だから気付いてあげられなかった・・・ いつも、一緒に楽しんでくれているのだと思っていた。喜びを分かち合えていると、そう思っていた・・・ だけど、ティシポネにとって私は足枷でしかなかったのね」
ペルセポネは一層強く抱きしめる。
「あ、ああああっ!!」
ティシポネは腕の中で必死にもがくが動けない。
「今までごめんね、ティシポネ」
「≪武装結界≫」
足元に真っ赤な魔法陣が展開され、傷口から滴り落ちる血液を受け止めゆっくりと溜まり始める。
やがて足首部まで血液が流れ出ると、血液は重力に逆らい彼女の頭上へと集まっていく。
大きな球体を形成した血液が、シャワーのようにペルセポネに降り注いだ。
血液のヴェールに包まれたペルセポネの頭の黒い角が急激に伸び、緑色のフチが映える赤き羽に長い尻尾が生える。
まさに悪魔そのもの。
「あ、ああああああっ?!」
ティシポネは貫通させた腕を引き抜こうとするが、筋肉を引き締める事で固定され動くことができない。
「『悪魔の愛撫』」
ティシポネの背後に、エーテルで形成された巨大な赤い悪魔が姿を現した。
悪魔はその巨大な腕でティシポネを引き剥がすと、そのまま剛腕で握り潰した。
握る拳から血が滴り落ちる。
やがてティシポネを形成していた身体は黒い霧を纏ったエーテルとなり宙を漂う。
悪魔はその手でエーテルをかき集めその体内に取り込むと、ペルセポネの体の中へ消えていった。
穴の開いた脇腹も次第に修復されていく。
「あなたの力は私が引き継ぐ。あなたは望まないかもしれないけれど、解放なんてしてあげない。だって・・・ それがあなたをこんな風にしてしまった、私のっ・・・ 責任だからっ・・・ 私が傍に居たいからっ・・・」
強く握る拳から一筋の血が流れ落ちる。
歯を食いしばる。
ふと足に力が入らず態勢を崩した。
感じた温かいぬくもりに振り返ると、クロノスが支えてくれていた。
クロノスのぬくもりに安心したペルセポネの瞳から涙があふれる。
「私・・・ そんなつもりじゃなかったの。大好きだったの。ティシポネの事が・・・」
「ああ」
クロノスは優しくペルセポネを包み込む。
「私にとって、唯一の親友なの。知らなかった・・・ こんなにもティシポネを苦しめていたなんて・・・ 知らなかったのよ」
「ああ。そうだな」
クロノスは何も言わず、腕の中で泣きじゃくるペルセポネをただずっと抱きしめていた。
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