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第187話 追憶④


ペルセポネがニュクス城で暮らし始めて一年が経とうとしていた。


今ではすっかり城での生活にも慣れ、持ち前の明るさで城に仕える神や役人たちとも良好な関係を築いている。


ペルセポネとティシポネはその実力が認められ、度々クロノスの任務に同行していたのだが、眷属の契約こそ結んだものの、クロノスに命令されたことは一度もなく自由に生活させてもらえていた。


「クロノス様、もう一年も経つのに結局一度も身体を求めてくることはなかったわね~。ティシポネがやけに気にしていたから心の準備はしていたんだけど・・・」


「・・・ってまさか、私って女として魅力がない?!」


頭を抱えるペルセポネを不思議そうに眺める通りすがりの役人たち。


「いや、きっとシャイなのね! 寡黙な人は恥ずかしがり屋と相場は決まっているもの! やっぱりああいうタイプは自分から行かなきゃ!」


ペルセポネは拳を強く握り謎の闘志を燃やす。


今日は遠征するためクロノスに呼び出されていた。


「それにしても、お城での生活ってもっと堅苦しいものだと思っていたけど、案外住みやすいのね~。偉い人たちがたくさん住んでいるのだから当たり前か」


王の間の扉の前で立ち止まる。


「今日は一体どんな任務なのかしら?」


ゆっくりと漆黒の扉を開く。


「失礼しま~す」


中へ入ると、ティシポネとクロノスが何やら話をしていた。


「あら? 早いわね、ティシポネ」


「あら? じゃないわよ。五分も遅刻じゃない」


「あはは。だってお城のベッド、とっても寝心地がいいんだもの♪」


ティシポネは額に手を当てる。


「顔を出したのだから問題あるまい」


「クロノス様はペルセポネに甘すぎです」


「あはは! さすがクロノス様! コキュートス湖のように懐が深いですねっ♪」


ペルセポネは満面の笑みでクロノスの腕に絡みつく。


「全く。朝から元気な奴だな」


「それよりクロノス様、今日はどのような任務なのですか?」


ティシポネは平然と問いかける。


「うむ。異空間迷宮へ同行してもらう」


「異空間迷宮・・・?」


「ああ。その名の通り、この世界とは少しズレた時間軸の空間。世界のゴミ溜めのような場所だ。理由は解明できていないが、ある力を持つ者のみが繋ぐことができる」


「ある力・・・?」


ティシポネの頬に汗が伝う。


クロノスは目を閉じ意識を集中させる。


地面からうねるように黒霧が生成され、次第に彼の周りを覆った。


「ひぇっ?!」


ペルセポネも思わずクロノスから飛び退く。


「こ、これはっ?!」


「闇の力。この星に選ばれし者だけが使える救済の力だ。この力はあらゆる存在のエーテルを吸収する。以前、この星のエーテルが枯渇しているという話はしたな。この力は、吸収したエーテルを星に返還する力も兼ねている。いや、むしろそれが本来の役割だ」


クロノスは黒霧を消す。


「俺はその役目を果たせなかった。現在俺が扱うこの力はお前達の言うところの神術の一種に過ぎない。エーテルの吸収もできなければ術を奪う事もできない中途半端な力。生前の名残で形だけが残っているというわけだ」


「その闇の力と異空間迷宮は何か関係があるんですか?」


ペルセポネは首を傾げる。


「異空間迷宮は闇の力を持つゲートでしか繋げない。タルタロスを含め、世界各地でこの力に目覚めた者が発生するのだが、以前異空間迷宮を訪れた時にいくつか強力な力を察知してな。異空間迷宮で闇の力を感知したという事は、相手も闇の力の保有者とみて間違いないだろう。故に、こちらから接触を図ろうと思ったのだ」


「ねぇクロノス様! その力って星が選別するんですよね? 私も闇の力欲しいな! 星に選ばれたーい!」


ペルセポネの場違いな明るさにティシポネは目を丸くする。


「あ、あんた何言ってんのよ? そんな軽い気持ちで言うものじゃないわ。それに、星が選ぶといっても基準がまるで分らない。運みたいなものでしょ。クロノス様の前で言う事ではないけど、私はその力にあまりいいイメージが持てないな」


ティシポネは肩を抱きうつむく。


「やはりお前は賢いな。ティシポネの言う事は尤もだ。星の意思とはいえ、他者のエーテルを奪うという事は命を奪う事とほぼ同義だ。心身ともに成熟し使いこなせる者ならば加減で術を奪うだけで済ます事も可能だが、ランダムで選ばれる以上全員が熟練した者とは限らない」


「救済と言えば聞こえはいいが、使い方を間違えればただの殺戮行為に成り下がる。選ばれてしまったものは仕方がないが、深層心理で破壊衝動を持つ者が手にした場合、かなり危険だ」


「大丈夫ですよ!! もし私が選ばれたら絶対この星の役に立って見せますから!! だから闇の力、ウェルカムです♪」


ペルセポネは大きく胸を叩く。


「あんたのその自信はどこから来るのよ・・・」


ティシポネは深くため息をついた。


「ははは! やはりお前は面白いな」


クロノスはペルセポネの頭に手を置く。


「頼りにしている」


金色の瞳に見つめられ、ペルセポネの頬がほのかに赤く染まる。


「さて。それでは行くか。先に言っておくが、察知したエーテルは大きい。相当の使い手だと予想される。用心しておけ」


二人が強く頷くのを確認すると、クロノスは黒いゲートを開いた―――。




降り立った場所はいかにも荒野といった感じで、青みを帯びた灰色の大地は枯れ果てている。


周囲には無造作に一定の速度で泳ぐ遺跡の残骸が散見された。


空は厚い雲に覆われ遠くに雷鳴が聞こえる。


「ここが異空間迷宮・・・」


「お~! 何だか世界の終わりって感じ♪」


不安を滲ませるティシポネとは対照的に、ペルセポネは観光気分で辺りを見回していた。


「・・・ふむ。以前感じたエーテルは察知できんな。入れ違いか、はたまた俺の勘違いか・・・」


「ここって、どれくらいの大きさなのですか?」


「タルタロス全域ほどの大きさなら細かく空間把握できるのだが、体感的にその倍くらいは意識を伸ばしてみたが結局果てには到達しなかった。少なくともタルタロスの倍の広さはあるだろうな。どうした?」


クロノスの話に二人は唖然としている。


「タルタロスって、結構広いですよね?」


「簡単におっしゃいますけど、神術による空間把握は非常に高度で難易度の高い術ですよ。その広さなら尚更・・・ 広範囲でそれが出来る者は相当少なく貴重であると聞いています。確かユピテリアに一人、その類の術で有名な方がいらしたと思うのですが」


「そうか? まだ転生したばかりで本調子ではないために誤認識したかもしれん。そのユピテリアの者に代わりを頼もうか」


平然と言ってのけるクロノスに二人の笑顔が引きつっている。


「ここは地形が解明されない特殊な空間だ。闇雲に探すのは危険だな。一旦戻るか」


「どういうことですか?」


「ここはどういうわけか、ゲートを繋ぐごとに多少の地形変化が起こる。対策もせずに前回と同じ場所に行こうとしても、変化した地形のせいで場所を把握し辛くなっているのだ。加えて、前回降り立ったポイントが遥か遠くへ移動している場合もある。そうならないように一度降り立った場所にはマーキングしてあるから、俺達が彷徨う事はそうないと思うがな」


「さすがクロノス様っ! 頼りになりますっ♪」


ペルセポネは勢いよくクロノスの腕に抱き着いた。


「ほら。あまりイチャイチャしないの。目標がいないと分かったのだから、早いとこ帰らないと・・・ どうしたのよ?」


呆れながらペルセポネの手を引いたティシポネは、遥か遠くを見据える彼女に問いかける。


「いま、何か感じなかった?」


クロノスとティシポネは顔を見合わせる。


「ほら、やっぱり。それもたくさん。・・・私達を呼んでいる」


ペルセポネは取り憑かれたように気配のした方向を凝視している。


「特に何も感じないが・・・」


ペルセポネはクロノスの腕を掴む。


「クロノス様! 私の案内する場所にゲートを繋ぐことはできますか?」


「あ、ああ。触れてさえいれば、お前の感じている意識を共有できる。そこから追う事は可能だ」


「行きましょう!」


「ちょっと待ちなさいよ! 本当に大丈夫なの?! これは遊びじゃないのよ? 戻ってこられなくなったらどうするの」


ティシポネは不安を露わにする。


「大丈夫よ! 私を信じてティシポネ!」


ペルセポネはニコッと笑って見せる。


眩しすぎる曇りのない笑顔に、思わず目を背けてしまう。


「もう。分かったわよ」


心の奥底で湧き上がる何かに蓋をするように、ティシポネは苦笑いした。


クロノスがゲートを展開する。


「行きましょ!」


ペルセポネはティシポネの手を握り、肩を並べゲートに身を投じた―――。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!


また、評価・ブックマークもありがとうございます!


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