第172話 亡失の精霊
大鎌を振るう感覚がない。
そもそも鎌をしっかり握れているのかどうかも怪しい。
まるで意識だけ残し誰か他者がこの体を動かしているのではないかと疑いたくなる。
己の感覚に全てを委ね身体を動かす。
タユゲテが防御態勢に入る姿を視認する。
どうやら自分の感覚と現実に大きなズレはないらしい。
無意識に動かしていた自分の行動に、常に意識を向けなければいけない事がストレスとなり、想像以上に集中力が削がれる。
【触覚が奪われた状態でここまで戦えるなんて・・・ 自分がまともに動けているのかすら認識できていないはずです】
「逆だ。俺に言わせれば、お前が人間のスペックでここまで戦えている事が信じられん」
【褒め言葉として受け取りましょう】
タユゲテは両手剣を構える。
【五重奏・艶】
宙に、エーテルで形成された光の剣が現れた。
両手剣を振り下ろすと同時に、奏でられる高低大小自在の音色が折り重なり、複雑な弧を描きながら四方からクロノスへ迫る。
「『月食』」
クロノスが手をかざすと、黒い球体が四つ現れ光の剣を追尾しその全てを取り込んだ。
手のひらを閉じると同時に球体は一気に収縮し異次元へと消えていった。
その行動を読んでいたかのように、低姿勢のタユゲテが死角に潜り込む。
「くっ・・・!!」
突き刺すような鋭い切り返しに何とか反応し大鎌で衝撃をいなした。
翻した体の遠心力を利用し大鎌を横薙ぐ。
タユゲテは軽やかに素早く跳ね、鎌の太刀筋を下に見る。
空を切った大鎌から黒い衝撃波が発生し生まれ落ちる大量の人形達を両断していく。
「・・・・?」
突然クロノスの視界が真っ暗になった。
(どういうことだ? ・・・まさか)
【ようやく次の段階へ引き上げましたか。これほど時間が掛かった相手はかつていません。やはりあなたは並みの神ではありませんね】
「・・・これは参った。今度は視覚とは。お前の能力、言動から察するに発動まで相応の時間が掛かる、或いは使用した攻撃の数といったところか」
タユゲテはその無機質な白き瞳を大きく開き、驚きを露わにする。
【ご明察です。概ね正解ですが、八割と言ったところでしょうか】
【攻撃の数もそうですが、どちらかと言えばこちらの方が重要です。あなたには、わたくしの攻撃がどのように聞こえていましたか?】
クロノスは思わず笑い声をあげる。
思い当たる節があった。
「なるほどな。お前の放った斬撃は弦楽器のような、どこか心地いい音色だった。あの音色がトリガーだったという事か」
【音と物理的攻撃の二方向から働きかけるのですが、大抵は初めの一太刀で感覚の一つを奪うのです。しかし、あなたには五手もかかってしまった。前例のない事です】
【それともう一つ。奪う感覚は対象により異なります】
クロノスは暗闇の世界で声を頼りに身構える。
「どういうことだ?」
【対象が最も頼りにしている感覚から順に奪っていくという事。わたくしが狙って感覚を奪っているわけではないのですよ】
「道理でリズムが狂うわけだ。普段から無意識に頼っている感覚がなくなれば非常に戦いにくい上に、現実との差がより大きくなり戦いどころではない。見かけによらず性格の悪い能力だ」
己の愚かさに再び笑い声をあげる。
「それにしても、曲がりなりにもかつて救世の力を手にしたこの俺自身が闇に惑わされることになるとはな」
【触覚と視覚を奪われてなお、まだ笑う余裕がある事に素直に驚きます。しかし、詰みを迎えるまであと数手。諦めたら如何ですか? わたくし達の邪魔さえしなければ命までは奪いませんよ】
上下左右分からぬまま、クロノスは大鎌の柄を大地に打ち付ける。
「それはできない。横取りしてしまったようなものだが、これでも一応タルタロスの王なのでな」
【そうですか。残念です】
タユゲテはクロノスの首元めがけて斬撃を放つ。
「くっ・・・!!」
僅かな殺気を頼りにクロノスは大鎌を構える。
「クロノス様!!」
アレクトは空から急降下し悪魔の右腕で斬撃を激しく打ち下ろす。
「済まない。助かった」
クロノスの視線がほんの少しずれている。
アレクトはすぐにその微妙な変化に気が付いた。
「クロノス様・・・ まさか、目が見えないのですか?」
「視覚と触覚を奪われた」
「そんな?! どうすれば治るのですか?!」
クロノスは肩をすくめる。
「俺が聞きたいくらいだ」
「クソっ! よくも!!」
【邪魔をすると言うのなら、あなたから排除いたしましょう】
タユゲテは更に斬撃を放つ。
「うわぁ!!」
クロノスを庇いアレクトは大きく吹き飛ばされる。
【終わりです】
「はぁぁっ!!」
上空からメガイラが高速で突撃を仕掛ける。
【くっ?!】
タユゲテは咄嗟に身をよじり、流れる動作でカウンターの衝撃波を放つ。
「きゃあっ?!」
大きく弾き飛ばされクロノスの前に倒れ込む。
「うっ・・・」
タユゲテが両手剣を掲げると、生まれ落ちる黒き人形達は次々と黒海の中へ溶け込んでいく。
「これは、さすがにまずいな・・・」
気付けば三人は大量の人形に囲まれ身動きが取れなくなっていた。
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