第169話 冥界に降り立つ金人形
「タナトス・・・ 本当に実在するのですか? 伝説上の存在とばかり・・・」
アマルティアは動揺を隠せない。
珍しく緊張する彼女の様子にレトも息を呑む。
「恐らく、な。ニケの情報にあった緑色の剣。それが本当であれば、まだ本格的な転生こそしていないが、ゼウスの中にウラヌスが潜んでいる可能性が高い。ウラヌスであればタナトスの召喚法を知っていても不思議はないが・・・」
「クロノス様の推測が当たっていたとして、ウラヌスの目的はなんなのでしょう?」
メガイラは首を傾げる。
「それに、そのタナトスってのが召喚されるとどうなるんだ?」
アレクトは頭の後ろで手を組む。
「タナトスは万物の死を司る神と伝えられている。俺たちにとって良くない事が起こるのは確実だろうな」
「ウラヌス。あいつの思考は行き過ぎている。己以外の生命の排除が目的なのかもしれんな。そういう意味では、ただ支配を目論むゼウスよりも遥かに厄介だ。最悪の二人が引き合ったかもしれんな・・・」
「そ、そんな! 何としても阻止しないと!」
レトは不安に顔を歪ませる。
「ああ。遅かれ早かれアースはゼウスに狙われる危険があった。だからこそ、ガイアは真実を伝えるには今しかないと悟ったのだろう」
クロノスの頬に一筋の汗が伝う。
「・・・まずいな。ゼウスが本当にタナトスを召喚するつもりなら、タルタロスも危うい」
「どうしてタルタロスに? あっ!」
メガイラは口に手を当てる。
「タルタロスはエーテルが星に還らず停滞する場所。漆黒の大海が標的になるかもしれん」
クロノスはゲートを開く。
「俺達も戻るぞ。タルタロスに溜まるエーテル量は計り知れない。奴らの手に渡ればタナトスの召喚を許してしまうかも知れん」
アレクトとメガイラは強く頷いた。
「くれぐれもお気をつけて。何かればすぐに知らせてください」
アマルティアとレトは、二人を連れ急ぎゲートへ身を投じるクロノスの背中を不安な様子で見送っていた―――。
星々の帯が一本の線を引く美しい夜空が水面に広がっている。
漆黒の海のほとりに、巨大な両手剣を背負った一人の女性がしゃがみこみ、その美しさに目を奪われていた。
「やっと見つけたぜ。ネメシス」
腰に剣を携えた一人の男が女性に近づく。
「大鷲失色。生身の人間がテュラーを越えてきたのですか? オデュッセウスならそれもできそうですが・・・」
「そんなわけないだろうが。あの中に入れば一瞬でエーテルの藻屑となっちまうだろうよ」
「どうして巨星を抜けた? 元々何考えているのか分からない奴だったが、俺達と交わした誓いが嘘だったとは到底思えねぇ」
ネメシスは立ち上がり、ゆっくりと振り返る。
「談天雕竜。話したところで意味はないと思います・・・ 勝手ながら、あなたには・・・ いいえ、誰にも理解してもらえないでしょう」
「どういう意味だ?」
「今の私はゼウス様の配下です」
オデュッセウスは言葉を失った。
「な、何だと・・・?」
「予定調和。だから言ったのですが・・・」
「おいっ!! お前、本気で言ってんじゃねぇだろうな?!」
オデュッセウスはため息をつくネメシスの肩を激しく揺らす。
「本気も何も、私はただ事実を述べているだけです。抗いようがないのです」
「抗いようがないって・・・ お前、何言って・・・」
瞳の緑色の剣の模様が怪しく光る。
「形勢一変。今の私はただの駒。これ以上の問答は無意味。これ以上は、不本意ですが剣を交えるしかないでしょう」
ネメシスは無表情のまま淡々と答える。
「よりによってゼウスに下るとはな。そこまで堕ちていたとは思わなかったぜ」
オデュッセウスは腰の剣を抜く。
「オリオンの奴はお前をえらく気に入っていたが、ゼウスの駒に成り下がった今のお前を見たらがっかりするだろうな」
ネメシスは背中のトゥヴァイハンダーを軽々と引き抜く。
「残念至極。悲しいです。大人しく引き下がってくれれば、命まで取る事もなかったのですが」
「それはこちらのセリフだ。まさかお前を殺らなければならない日が来るとはな」
二人は静かに睨み合う。
オデュッセウスは剣を強く握り勢いよく飛び出した―――。
タルタロスへ戻った三人は、ニュクス城付近ですぐに異変を察知した。
「この波動は・・・ クロノス様!!」
「やはりタルタロスも標的だったか。急ぐぞ!」
三人はすぐにエーテルの流動を感じた場所へと向かう。
エーテルの波動が次第に強くなっていく。
「あれは・・・ 女?」
三人が到着すると、血だまりに倒れる一人の男と、返り血でその美しい顔を染める金髪の女性が立っていた。
女性はこちらに気付き振り返る。
「倦怠疲労。たった今、盟友を切り捨てた悲しみに暮れていたというのに、新手ですか・・・」
「見ない顔だな。一体どこから来た?」
ネメシスは深くため息をつく。
「意気消沈。同じような質問にうんざりしますね。私はネメシス。ゼウス様の駒です」
「その眼。ニケが言っていた女で間違いないな。という事は、狙いはタルタロスの大海に溶け込むエーテルだな?」
淡々としたネメシスの表情が僅かに驚きに変わる。
「才気煥発。驚きました。その通りです。話が早くて助かります」
「そんな勝手な事、させるとでも思ってんのか?」
アレクトは拳を合わせる。
「させてもらえないと困ります。命がけのお使いですので」
ネメシスはゆっくりとトゥヴァイハンダーを掲げる。
空に広がる大地を黒い沼が塗りつぶす。
やがて粘性のある液体が滴るように、黒い人形達が次々と生まれ落ちる。
「美しい女の頼みを断りたくはないが、それはできない相談だ」
クロノスは大鎌を出現させその手に握る。
「人形達はお前達に任せる」
二人は頷くと悪魔の身体を模したエーテルに身を包んだ。
クロノスは目にも止まらぬ速さでネメシスに迫ったーーー。
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