第160話 歓談のひと時
オリンピア上級学院の敷地内には、教授たちの為に建設された神殿がある。
オリンピア上級学院とオリンピア学園に仕える全ての教授が神殿を利用している。
レトは上級学院での授業をすべて終え、神殿の自室に戻った所だった。
「ふう・・・ 今日は少し疲れました」
アンブロシアを乾燥させた実が入った容器に手を伸ばす。
沸かした湯に浸し、紅に色づいた湯を濾しながらゆっくりとカップに注ぐ。
新鮮なアンブロシアを使用したアンブルティーは華やかで上品な香りを咲かせる、リラックス効果が高い飲み物である。
コストを重視した安く出回っている物は癖が強く、煮出した時にその赤みが濁ってしまう。
その味の悪さに敬遠する者がほとんどだ。
良質な物は煮出した時に色が輝きを放ち、色鮮やかな透き通った紅色となる。
そのため良質な物はとても高価で、普通の人間や庶民にはなかなか手が出せない代物である。
「はぁ~。落ち着きますね~」
レトは一息つき、一日の疲れを癒す。
ふと机の角にたてられた画架の額縁に手を伸ばした。
「もう随分経つな」
レトは子供が二人写った小さな古びた肖像画を手に取りそっと撫でる。
「この子達も、大きくなったらアポロンやアルテミスのような、仲のいい兄妹に育っていたのかな」
窓の外に目をやると、白い蝶の姿をした使い魔が窓をすり抜け入ってきた。
『お疲れ様ですレト教授。急な申し出をご容赦ください。今からそちらにお伺いしたいのですが、大丈夫でしょうか?』
「アマルティア学院長?! そんな、私がそちらに向かいますよ! オリンポス神殿ですか?」
レトは溢しそうになるカップと額縁を机に置き、急いでローブを羽織る。
『いえ。仕事ではなくただお話ししたいと思ったのですが、迷惑だったでしょうか』
「いいいいえ!! そんな事は!!」
レトは使い魔の前でアタフタする。
『ありがとうございます。それでは、また後ほど』
使い魔が窓から出て行くと、レトは一息つき額の汗を拭った―――。
しばらくするとアマルティアが部屋へやってきた。
「休んでいた所申し訳ございませんね。レト教授」
「お気になさらないでください。学院長が私の部屋まで来るなんて珍しいですね。どうかしたのですか?」
「私の担っていた仕事を押し付ける形になってしまいましたので、お疲れではないかと思っていたのです」
レトは首を振る。
「気になさらないでください。むしろ、私は学院長のお役に立てて嬉しいんです」
「いいえ。これも口実ですね。本当は、私がただ純粋にレト教授と何気ない話をしたいだけなのです。こういう性格だからか、みな敬遠してしまって・・・ レト教授だけが、自然な会話をしてくれるのです。私はそんなレト教授にいつも救われているのですよ」
「そ、そんな。私なんてただ一介の先生に過ぎません。あ、座っていてください。今お茶を入れますね」
レトは机の上をせっせと片付けアマルティアに椅子を用意する。
アマルティアはふと額縁の肖像画に目をやった。
賢そうな細身の男の子と、恥ずかしそうに男の子の隣に立つ気の弱そうな女の子。
「可愛いお子様ですね。レト教授のお子様なのですか?」
「はい。亡くなってからもう随分経ちますが」
「そうだったのですか・・・ 申し訳ございません。軽はずみな発言でした」
「いいえ。この子達のいない生活にも、もう慣れましたから」
湯を沸かしながらレトは苦笑いする。
「お名前をお伺いしても?」
「アポロとディアーナです」
「まあ。エポヒのお二人と名が似ているのですね。それに、よく見るとあの二人にどこか似ているような・・・」
レトはアンブルティーの入ったカップを置く。
フルーティーな香りが部屋に広がる。
「いい香りですね。頂きます」
アマルティアは優雅な所作で一口すする。
「いいアンブロシアですね。とても落ち着きます」
「ありがとうございます。アルカディアに買い物に出かけた時に見つけた、お気に入りのお店のものなんです。迷惑でなければ今度一緒行きますか? ご紹介しますよ」
「それはいい考えですね。是非、紹介して頂けますか?」
「はいっ!!」
元気な笑顔を見せるレトに、アマルティアは思わず微笑む。
「あの日・・・ ガイア様の様子に少し違和感がありました。アースへ向かったアシーナ様達、無事だと良いのですが」
「そうなのですか? 私にはいつもと変わらず明るいお方に見えましたけど」
アマルティアはアンブルティーを口へ運ぶ。
「気さくなお方に変わりはなかったのですが、何かを隠しているような、必死に取り繕っているような・・・ 私にはそんな風に見えたのです」
アマルティアはアンブルティーの鮮やかな紅色を見つめる。
「き、きっと気のせいですよ! 学院長はお忙しいですから、疲れているんですよ」
「否定できないところがもどかしいですね」
アマルティアは苦笑いする。
「ミノス様の報告によると、ニケ様達は現在レオンダーリに到着したようです。エピクリオス神殿で身支度を整えるようですね。アルテミスさんの活躍が目立っていたようです。さすが、レト教授が推薦した子ですね。」
「え・・・?」
レトは身体を強張らせる。
「レト教授・・・?」
「あ、いえ・・・ 何でもありません」
顔は青白く、明らかに調子が悪そうだ。
「エピクリオス・・・ レオンダーリ・・・」
「ヒュアキントス・・・?」
「レト教授、大丈夫ですか? 明らかにお顔が・・・」
アマルティアの声はレトには届いていないようだった。取り憑かれたかのように何かをつぶやいている。
「アポロン・・・? アル、テミス・・・?」
「う、ああああっ?!!」
レトは突然立ち上がり頭を押さえる。
「レト教授?!」
アマルティアは倒れそうになるレトを抱える。
ぶつかった机が揺れ、肖像画が床に落ちた。
「しっかりしてください! レト教授!!」
レトは苦しそうに額に手を当てている。
「一体、どうしたのでしょう・・・?」
ふと床に落ちた肖像画を見つめると、細身の男の子と、隣の気の弱そうな女の子がこちらに笑顔を向けていた。
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