第156話 カリュブディス
真っすぐ進むと、パンドラ達にも分かるくらい大きな声が聞こえてきた。
声というより地響きに近い、低く重い音だ。
「近いな。戦闘が始まったらお前達は安全な場所へ退避していろ。スキュラが遠くへ行かないように見張っていてくれればいい」
パイドラとアリアドネは黙って頷いた。
突如、二頭のスキュラがすっぽり埋まるほどの大きさで地面が陥没した。
粒の細かい砂は陥没の中心へ向かい勢いよく流れ始める。
「あはは!!」
ピュラは笑いながら砂の流れる坂を転がり落ちていく。
「やれやれ。しばらく羽を伸ばしていないからな。たまにはあいつの自由にさせてやるか」
陥没の中心部に真っ赤なサソリの姿をした魔物が姿を現した。
「ゴオオオオオオ!!!」
カリュブディスが雄叫びをあげ口を開く。
遠目で見ても分かる大きさだ。
「まるでアリジゴクだな。滑り落ちる俺達を丸ごと飲み込むつもりか」
「≪黒の鼓動≫」
背中から腕を数本伸ばし、パイドラとアリアドネを乗せた二頭のスキュラを掴み陥没の外へ逃がす。
「おい! 見てみろよテッサ!! あんなでかいサソリ見た事ないぞ!!」
「どうしてあなたまで楽しそうなのですか・・・」
砂の坂を滑りながら目を輝かせるパンドラに、テッサは首を振る。
「はわわー!! 止まらないよー!! みんなどうしてそんなに落ち着いていられるの?! 食べられちゃうよ!」
アルテミスは視界の端で短剣を抜きカリュブディスに突っ込むピュラを捉える。
「ゴアアアア!!!」
カリュブディスは大きなハサミでピュラに掴みかかる。
ピュラが念じると同時に短剣に赤い模様が浮かび上がる。
勢いよくハサミを斬りつけるが、固い甲羅に覆われた皮膚に傷をつける事が出来ない。
「ゴオオオオオオ!!」
カリュブディスの激しく打ち付けるもう一方のハサミを躱し、空中で涙ぐみながら手を振る。
「こいつ、かたい」
カリュブディスはアルテミスに狙いを定める。
「あ、あはは。やっぱり・・・?」
中心部から抜け出しその大きさからは考えられない速さでアルテミスに迫る。
「≪新月の加護≫」
緑色の魔法陣が浮かび、淡い緑色のエーテルの膜がアルテミスを包む。
「アルテミス!!」
「きゃあっ?!」
パンドラの叫び声も虚しく、アルテミスは巨大なハサミに薙ぎ払われ大きく吹き飛ばされた。
「溶解しろ。ケライノ」
轟音と共にパンドラの周りにいくつもの火の玉が現れる。
桜色の長髪を真っ黒に染め上げ、背中に二対の漆黒の羽が生え、その真っ赤な瞳を開いた。
【大きさだけは一丁前じゃな。その甲羅ごと燃やし尽くしてやろう】
【紅雨】
ケライノが黒刀を掲げると、無数の火の球がカリュブディスに降り注いだ。
「ゴアアアアア!!」
固い甲羅は火傷一つ負わない。
カリュブディスは反らせた尾を鋭く伸ばす。
【くっ!!】
ケライノは身をよじり黒刀で衝撃をいなす。
「吹き荒れなさい。アルシオーネ」
テッサの髪が爽やかな黄色に変わり、背中に四枚の透き通る黄色い羽が生える。
【行くぜ!! オラァ!!】
アルシオーネが曲刀を横に薙ぐと、弧を描いた衝撃波がカリュブディスに襲い掛かる。
「ゴオオオオオオ!!」
カリュブディスは大きなハサミでガードする。
やはりその皮膚に傷は付けられない。
【何だよあいつ。結構固いな】
【なかなか燃やし甲斐があるのう】
アルシオーネが戦略を考えていると、静かにケライノが隣に立った。
【うわぁっ?!】
【なんじゃ? そこまで驚かんでもよかろう?】
【だって、御婆様と肩を並べるなんて考えてもみなかったからさ!】
ケライノはアルシオーネに肩を組む。
【はっはっはっ!! せっかくお互い身体を借りて顕現したんじゃ! どれ、久しぶりに稽古をつけてやろうかの?】
【や、止めてください。お願いします・・・】
ケライノたちが目を離した隙に、カリュブディスはアルテミスの元へ向かっていた。
【本当にアルテミスに引き寄せられておるな。まるで何かに取り憑かれているようじゃ】
【行くぞアルシオーネ!!】
【おう!!】
ケライノとアルシオーネは滑らかに坂をすべり急いでアルテミスの元へ向かう。
「う、うう・・・」
アルテミスが目を開けると、目の前にカリュブディスが迫っていた。
カリュブディスの尾爪が打ち付けられる。
「きゃっ!!」
何とか防御するが腕がミシミシと悲鳴を上げる。
足場の悪い坂のせいで踏ん張りがきかず更に吹き飛ばされ、流砂の斜面に激しく打ち付けられた。
カリュブディスが両腕を上げ長い尾を反らす。
陥没した地面を覆うように赤い魔法陣が展開され、大きな火球が一斉に降り注いだ。
「きゃああ?!」
ピュラやケライノたちは軽やかに火球を躱しカリュブディスの元へ向かうが間に合わない。
火球の雨は容赦なくアルテミスに襲い掛かり全弾直撃する。
「う、うぅ・・・」
止めを刺そうとカリュブディスは大きなハサミを振り上げる。
アルテミスは、ぼやける視界で突然空から降って来る黒い物体を捉えた。
激しい衝撃音が鳴り響く。
「女をいたぶるのはあまりいい趣味とは言えないな」
黒霧で生成した刀で受け止めたニケは静かに微笑む。
その後ろで横たわるアルテミスの体を包むエーテルは濃い緑色に変色していた。
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