第153話 追跡者
ニュクス城、王の間―――。
クロノスは広がる星々の帯を見上げていた。
星々の帯は大小様々な星が集まり、真っ暗な夜空に見事な一本線を描いている。
「ゼウスよ・・・ 何を企んでいる?」
王の間の扉がゆっくりと開かれる。
「星空がどうかなさいましたか? クロノス様」
アレクトとメガイラがやって来る。
「体の方はもう大丈夫なのか?」
「はい。おかげさまで生活に支障が出ないくらい回復しました」
「そうか。ひとまず安心だな」
クロノスは星空に視線を戻す。
「随分と数が減りましたね・・・」
「ああ。空の星々はこの世界に生きた生物の魂、星の歴史そのもの。何か良くない事が起こる気がしてならない」
「ゼウスのせいなのか?」
アレクトの問いにクロノスは肩をすくめる。
「どうだろうな。ゼウスが関わっている可能性は高いが、それだけではない気がする」
「病み上がりのところ申し訳ないが、ゼウスの居場所についての調査を手伝ってくれるか? 俺も細心の注意を払うが、危険と判断したらすぐに離脱してくれて構わない」
心配するクロノスに、アレクトとメガイラは顔を見合わせ力強く頷いた。
「いいえ。最後までお供します。私たちでは力不足なのは承知ですが、何としてもペルさんを助けたい。その為なら、どんなことでもやり遂げて見せます」
覚悟を秘めた視線にクロノスの口角が上がる。
「これは、何としても見つけ出さなければならないな」
「とはいえ、どうやって調べましょう? いまやゼウスも異空間迷宮を自由に出入りできるようになってしまいました。普段から出入りすることの多い私たちですら、その全貌は把握できていない・・・ そんな中を見つけ出すなんて、広がる砂丘から一粒の砂を探すようなものです」
「そこは当てがある。砂を探す事に変わりはないが、その砂に色を付けられる者を一人知っている。既に話はつけてあり協力関係にある。根気のいる作業にはなるが、諦めなければ必ずゼウスに辿り着けるだろう」
アレクトとメガイラは首を傾げる。
「珍しい神術ですね。そのような術を扱う者がいるのですか?」
「アマルティアだ」
聞いた事のない名前に、二人は互いに顔を見合わせる。
「当然の反応だな。アマルティアの神術はその性質上戦闘向きではなく目立ちにくい。彼女と会話をして分かったが、頭が切れるだけでなく広い視点で物事を客観的に捉える事に長けている、相当達観した女神だ。眷属にしたいくらいだな」
「本人はどこまでも謙虚なのだが、あそこまで能力を隠し通せているのが不思議なくらいだ。それが恐ろしくもあるのだがな」
「でもよ~クロノス様。そのアマルティアっての、アース侵攻戦にはいなかったんだろ?」
アレクトは後ろで手を組む。
「あなたは本当に人の話を聞きませんね。戦闘向きではないとおっしゃっていたじゃないですか」
「それもあるが、メティスがオリンポスに攻め入った時に施した、闇の力により強化した重力でゲートを遮断する力場。その時空の歪みの解除のために力を使い、体内に逆流した闇の力に汚染され昏睡状態に陥っていたらしい」
「なるほど、道理で。ですが、クロノス様にそこまで言わせるなんて・・・ よほどの術者なのですね」
メガイラの額に汗が滲む。
「個人的な感想だ。気にするな。とにかく、アマルティアと協力してゼウスを捜索する。ユピテリアにも頻繁に訪れる事になる。そのうち会う機会もあるだろう」
「やった♪ いつか行ってみたいと思ってたんだよなユピテリア! タルタロスは暗くて地味だし、アースは何にもないし! もっと賑やかな所行きたかったんだ♪」
「あなたは・・・ 観光に行くのではないのですよ?」
メガイラはガッツポーズするアレクトをなだめる。
「分かってるって! ちゃんと仕事はするさ!」
クロノスは再び視線を星空に移す。
(間に合えばいいが・・・)
クロノスの思いに応えるように、星々の帯はひと際強く光り輝いた―――。
アマルティアはオリンポスの裏にある丘の上で精神を統一していた。
白い魔法陣の上に浮きエーテルを巡らせる。
小鳥や蝶がアマルティアの肩に止まり、その羽を休めている。
「ふぅ・・・」
しばらくして魔法陣が消えると、小鳥たちは逃げるように羽ばたいていった。
「やはり、そう簡単には尻尾を掴ませてはくれませんね」
頬に伝う汗を拭う。
「進捗はいかがですか? アマルティア学院長」
ゲートからレトがやって来る。
「せっかく時間を作っていただいているのに申し訳ないのですが、あまり進展はありませんね。私の能力を把握しているからでしょうが、巧妙にエーテルを隠蔽しているようです」
「そんな! 学院長は気になさらないでください! むしろ捜索を全てアマルティア学院長に押し付けてしまって、こちらが申し訳ないくらいです」
レトは慌てて両手を振る。
「結果的にレト教授に学院を任せっきりになってしまって、負担が大きいのではないかと心配していたのです」
レトは思い切り首を横に振る。
「私の事なんか気にしないでください! アマルティア学院長のご負担に比べれば私なんて何もしていないのと変わらないですよ!」
「それより、学院長がここまで探しても見つからないなんて・・・ 悔しいですけど、ゼウスはやはり相当なやり手なのですね」
アマルティアは自身の手のひらを見つめる。
「彼が一筋縄ではいかないのはある意味想定内でしたが、力不足が否めません・・・ 正直、エーテルの質が変わっていようと『万物の保護』であればそう時間はかからないと、自分の力を過信している部分がありました。反省ですね」
アマルティアの『万物の保護』は、一度でも会話をした相手のエーテル情報を記憶し、現在位置を正確に把握する事ができる。
その精度・範囲は会話の数に依存する為、例えば一度しか会話をしたことのない相手の情報は一度エーテル情報を追跡すると消滅するが、幾度となく会話した相手であれば一度や二度では情報が消える事はない。
生物や生命だけでなく、あらゆる物体のエーテル情報も記憶する事が出来る。
生物でない場合、精度・範囲は使用、もしくは利用した回数に依存する。
ただし、どちらの場合も対象のエーテルが変質もしくは生まれ変わった時点で、それまでの情報は全て破棄される。
メティスのオリンポス攻めの際は、この力を応用し闇の力を辿り原因を突き止めた。
しかし、干渉されることを読んでいたメティスが、神術が触れた瞬間に闇の力を流す仕掛けにしていたため、結果的に深手を負う事となった。
「あれだけゼウスと密にやり取りしていたのですもの。私が学院長の立場でも同じ事を感じたと思います。こればかりは仕方がありませんよ」
「自分が情けないですね。鍛錬を怠ったつもりはありませんが、いつの間にか向上心を無くしてしまっていたのかも知れません。アシーナ様や、エポヒの皆様を見習わないといけませんね」
レトは強く頷いた。
「私達も、後れを取っている場合ではありませんね!」
二人の視線の先には、夕陽で照らされた鮮やかなオレンジ色のオリンポス神殿が佇んでいた。
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