25 万人に喜ばれることなんてないって話
「大司教様、これお土産です」
大聖堂にいた大司教様に、シャンヒム王国で買ってきたドライフルーツの粉砂糖がけを手渡した。
「美味しそうだね。後でいただくとしよう」
「それから、服をありがとうございました。あんな可愛いワンピース、久しぶりに着ましたよ」
「気に入ってもらえたならよかったよ。ローザは今回の旅は楽しめたかい」
「楽しめたって言うより、いろいろ考えさせられました」
「何をかね? 今回は聖女候補を迎えに行っただけではなかったか? 私はローザが同年代の女の子たちのように気晴らしができればいいと思って、配慮したつもりだったのだがね」
あれ? 大司教様は今回の件、詳しくは知らないの? いろいろあったんだけど。
「えっとそれは、聖女って誰もがもろ手を挙げて称賛するわけではないんだって、改めて理解したんです。場合によっては恨まれることもあるんだって。実際、私の父もそうでしたしね。それよりも、気晴らしができるように配慮したってどういうことですか?」
「ローザたちの護衛に、人気がある聖騎士たちを集めてみたんだが、ローザは他の子たちと違って嬉しくはなかったようだね」
「集めた? 大司教様が?」
「そうだよ。グラントとセレンはもともと決まっていたが、二人ともいい男だっただろう? あとの二枠には、人気があって気配りのできるライルとトリスタンを、私が指名してお願いしておいたんだ。彼らはそういう要員として動いているからローザも楽しめると思ったんだけど、もしかしてローザは、もてる男は苦手かい?」
「は!?」
大司教様が何を言っているのかわからない。あのメンバーは私のためだったって、どういうこと?
「うそですよね」
私はあまりのことに脱力してしまい、ちょうど後ろに並んでいる備え付けの長椅子に倒れこんだ。
「ローザ?」
「大司教様、イケメンだからって誰でも喜ぶわけではないんですよ」
「そうなのか。私は人選を間違えたようだね。こんどはローザの好みを聞いてから指名することにするよ」
「それはもういいですから。それより私は、美味しいものでも食べさせてもらった方が何倍も嬉しいです」
「ローザがそう言うなら、今度お菓子でも買ってくるよ」
「ありがとうございます」
そのあと大司教様から、またしても、知らなかった話を教えてもらった。ライルとトリスタンは、護衛も兼ねながら、修行で疲れている聖女や見習いを楽しませる要員として、今回みたいな近い現場に派遣されることがあるんだそうだ。内緒だよって、私に教えちゃったらダメじゃないですか……。
「ライルさんの性格がころころ変わったのは、私に合わせるためだったんですね」
「それは、ローザが喜ぶツボが、ライルにはつかめなかったんだろうね」
「だって、ぜんぶ胡散臭く見えてましたから。ずっと疑って接していましたもん」
「そんなことではライルも修行しなおさないといけないな。聖騎士団に伝えておくよ」
「え、それはちょっと……私のことで聖騎士団に連絡なんてしなくていいですよ。たぶん私以外だったら喜ぶはずですから。でも、そんなことをしていたら本当に二人のことを好きになっちゃう人もでてくるんじゃないですか?」
ライルもトリスタンも、この私ですら、もてるのがわかると思っていたくらいだ。
「それはあるだろうね。そうなったとしても、時々彼らに励ましてもらえば、その娘もやる気が出ていいんじゃないのかな?」
「そんな簡単な話ですむんですか?」
「どうだろうね?」
どうだろうねって……大司教様はそこまで関知していないってことですか。私は誰にも絆されなくてよかった。
「そういえば、ローザたちが連れてきたモニカって子はすごいね」
「独学で聖女の癒しを駆使していたんですもんね」
「ああ。ただ、聖女としては知識がまったくないから、これからが大変かもしれないな。誰に預けるか、上の方で選考が難航しているよ」
「それって、ルル様ではダメなんですか?」
「ルルに見習いは育てられないから無理だよ」
「え? 私も見習いなんですけど?」
「ローザは基本がちゃんと身についているから大丈夫なんだよ。ルルの場合、患部だけではなく、その部分の身体そのものを新調してしまうから、ああ見えて大雑把で、下手をするとローザより治療に関する知識がないかもしれない。だからまったくの新人は育てられないんだ」
「うそですよね?」
「うそではないよ」
また、知らなければよかったことを知ってしまった……。
「それでも、聖女の頂点にいることは確かだからね。ローザは、ルルの患者自身に向けるきめ細な対応と、その精神を見習ったらいいと思う」
「わかりました。でもご心配は無用です。私はどんなことがあっても、ルル様を崇拝する気持ちは変わりませんから」
「ローザはそう言うと思ったよ」
大司教様との話が終わったので私は大聖堂を出て、ルル様の元へと向かった。
ちゃんと基礎を勉強しておいたおかげで、ルル様と一緒にいることができたんだ。勉強は真面目にやっておいた方が絶対にいい。あとでモニカたちにも言っておこう。
「ルル様ー。お待たせしました」
「これから、ローザが自己免疫疾患をちゃんと扱えるように練習をしましょうか」
「はい、頑張ります」
今回のことで、貴族の中には聖女と医師を比べて、ひどい態度をとる者がいることが明らかになった。
だから、貴族の家で起こったことまでは把握できないけど、今後はこういった、貴族に雇われている専属の医師たちも、聖教会に助けを求めることができるように、相談窓口を設置することが決まったそうだ。
サリーの叔父夫婦には、サリーは見つかったけど、そのまま聖教会が保護するとだけ伝えたらしい。五年もの間、探すこともなく放置していたんだから、文句を言える立場ではないので問題はないそうだ。
本当にこれですべてが終わった。
次はどの国へ向かうんだろう。また、癒しだけでは済まないんだろうけど、自分のできることを頑張ろうと思っていると、誰かが事前連絡もせず、私を訪ねてきたらしい。助祭の少女が部屋まで呼びに来た。
また、ジャックかな。
「ルル様、ちょっと行ってきます」
「いってらっしゃい」
急いで面会室まで行ってみると、そこにはなんとセレンが。
「何してんですか! 私が言ったこと、わかってなかったんですか?」
「え? だからモニカさんではなく、ローザさんを呼んでもらったんですけど?」
「は!?」
こいつ馬鹿じゃないだろうか。
「私もモニカさんと立場は一緒なんですよ! うわー、また嫌味を言われちゃうじゃないですか」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ! 今後は手紙でお願いします。それも、差出名は女性の偽名で。それで? 今日は伝えますが何のご用ですか」
「元気にやってるか、知りたかっただけです」
「そんなことで!?」
「はい――ローザさんなんか怒ってます?」
怒り狂ってるわ。ど阿呆が! それでもここで怒鳴り散らすわけにはいかない。
「モニカさんは元気にやってますよ。言伝があれば伝えますけど」
「でしたら、修行を頑張って、とだけお願いします」
「わかりました。では、はい、さようなら」
用事が終わったようなので、私は一目散に部屋から逃げ出した。セレンの相手なんてしていられない。いろんな意味で。
私はルル様の元へ走った。
「ローザ、どうしたの?」
「ルル様、次はどちらの国ですか。決まっているならさっさと出発しましょう」
ここにいたら、空気が読めないあいつがまたやってきそうだ。当分ゼ・ムルブ聖国から離れていたほうがいい気がする。
「やる気があることは、とてもいいことだわ」
「はい、私はいつでもやる気満々ですよ」
さあ、行こう。
人々を癒すため、ルル様と一緒に広い世界へ踏み出そう。




