24 これも神罰の一種ですか?
「突然の訪問、申し訳ございません。お約束の方がキャンセルになりまして、急遽、伯爵様のご予約の順番を繰り上げさせていただきました」
「書簡でも、そうご連絡いただいておりましたが」
「はい。緊急性があると判断いたしましたので、今回、他の方の順番を飛ばして、真っ先に伯爵様にご連絡させていただきましたの。大変急なことで恐れ入りますが、そこのところはご容赦いただければと思いますわ」
「そんなことはお気になさいますな。わたしは毎日頭痛に悩まされておりますから、聖女様ならいつでも大歓迎ですよ。ご配慮いただき、ありがたく思ってます」
ルル様と会話をしているのは四十代後半で一見した限りは朗らかな雰囲気の、この屋敷の主だ。
ルル様と一緒に伯爵家を訪れた私は、ルル様の座っているソファのそばではなく、伯爵から言われて部屋の壁際に待機している。歓迎しているのは聖女だけで、見習いの私は従者と同じ扱いらしい。それに間違いはないので黙って従っていた。
ルル様は昨夜のうちに伯爵家へ連絡を入れていたらしく、今回、突然の訪問となったわけだけど、ここでルル様が何をしようとしているのか、私はいつも通り何も聞かされていない。
「まずは、伯爵様のお身体の状態を知る必要がございますので、普段伯爵様を診察されている専属の医師からお話をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ええ、すぐに呼びますよ」
しばらくすると三十代ほどの医師が侍女に連れられてやってきた。私の前をその医師が通り過ぎた時に、歩き方が少しおかしいことに気がついた。
たぶん左足をかばっている。左右の歩幅と歩く時のリズムに乱れがあったから間違いないと思う。
ルル様が予想されていた通り、人が代わっても今現在も医師への暴力は続いているようだ。
今回、イヴの父親にやっていた拷問まがいの件については、イヴの父親が行った罪を不問に付すため、ルル様は知らなかったことにした。だけど、現在、目の前で起こっている事実に対しては目をつぶる必要はない。
八つ当たりで、罪のない者に暴力をふるい続ける伯爵を、ルル様がこのまま許すはずはないと思う。
「伯爵様の最近のご容態を教えていただけますかしら」
「はい。こちらの診断書に体調が悪かった日付と、その時の状態を詳しく記しております」
ルル様は医師からそれを受け取ると、すぐに目を通し確認を始めた。
診断書があれば、聖女が一から診察をする必要が無くなるので、問診でのやり取りが最小限で済む。おかげで治療がとても楽になるのだ。
だからゼ・ムルブ聖国で聖女の癒しを求める貴族には、癒しを行う前に必ず診断書の作成をお願いしている。
「伯爵様は側頭部が痛まれることが多いのですね」
「そうなんですよ。徐々に痛みが強くなって、酷い時には寝込むこともありますし、それほどではなくても、痛みの程度によっては、何も手につかなくなります」
伯爵は耳の上の位置を手で押さえ、しかめ面をした。
「本日のお加減はいかがでしょうか」
「それほどではないですが、鈍い痛みは続いています」
「わかりました。では治療を始めたいと思います。わたしくが後頭部にふれることをお許しくださいませ」
「ええ、かまいませんよ」
ルル様は伯爵の頭を指で押さえているようだ。こんな最低な伯爵にも聖女の癒しを施すつもりなのだろうか。
「痛みが激しいときは、痛んでいる場所がなくなってしまえばいいと思うことはありませんか」
「ええ、よくそう思いますよ。早く解放されたいですからね」
「身体に不調を抱える方は、みなさん同じですわ」
ルル様が誘導して伯爵の口から出た言葉に私は恐れおののいた。だって、伯爵の疾患は頭痛だから。それを文字通り受け取れば頭がなくなってしまうじゃないか。
うわっ。
ルル様にはそれが可能なんだから、どうするの? どうなっちゃうの?
そんなことを思って伯爵から目を離せなくなった私は、次に伯爵が発した言葉に困惑することになった。
「おう、これはすごい! ずっと消えなかった頭の痛みが嘘のようになくなりました。さすがは聖女様だ」
今回ルル様は、本当に聖女の癒しを施しに来ただけなのか? この伯爵は医師に酷い仕打ちをしているというのに?
「あ? いだだだだ!?」
「ん?」
ルル様に感謝を述べていた伯爵が、突然叫び声をあげた。
「か、身体中が痛いぃー。せ、聖女様、お、お助けをー」
部屋にいる、医師や侍女たちも、突然痛がり暴れだした伯爵に何が起こっているのかわからず、オロオロして伯爵とルル様を交互に見つめるばかりだ。
「もしや伯爵様、どなたかを傷つけたことがございませんか?」
「な、なん? うぎゃああああ」
伯爵は尚もソファの上で、痛みで悲鳴をあげながら悶絶している。
「伯爵様はご存知だと思いますが。聖女の癒しは神の御力です。その力がお身体に作用するのですから、悪行を行った者は、その報いも一緒に発動してしまいますのよ。神はいつでもわたくしたちを見守っていますもの。伯爵様はその痛みの原因にお心当たりはございませんか?」
言われて見れば、伯爵の腕が、イヴの父親がそうだったように、変な方向に曲がっていた。足も同じようになっているのは、そこにいる医師がやられたことの再現だろうか。
「そ、そんなこ……ぎゃあああ、この痛……なんと……てくだああああ」
「神はすぐそばにいらっしゃいます。その痛み、お忘れなきよう」
ルル様が痛みで奇声をあげている伯爵にそっとふれると、伯爵はそのままソファで気を失った。
「聖女様? 伯爵様はどうなったのですか?」
医師がルル様に恐る恐る訪ねた。
「今は寝ているだけですわ。目覚めるまでわたくしはこちらで待たせていただいてよろしいかしら?」
「構わないと思いますが、先ほど伯爵様に何があったのかお聞きしてもよろしいでしょうか」
「そうですね。聖女の力は、神から与えられたものですの。事情は私にもわかりませんが、伯爵様は神のお怒りに触れた。そういうことだと思いますわ」
「よくわかりませんが、なんらかの罰が当たったと?」
医師の言葉にルル様は微笑んだだけで、あえて肯定はしなかった。
そのあと、遠慮する医師の足を治療して、伯爵が起きるまで待つこと三十分ほど。
目を覚ました伯爵にも医師と同じことを伝えて、これからは善行を積むことを勧めていた。
私は知らなかったけど、今回の件、貴族の間では周知の事実だそうだ。中には眉唾ものだと思っている者も多いので、伯爵みたいな悪者もどうどうと聖女の癒しの施しを受けようとするらしいけど、罪が確定している者に対しては、今まで、癒しとセットでルル様がお仕置きをしていたらしい。
「これでイヴたちも少しは溜飲が下がりますね」
「イヴさんたち?」
「あ、そうでした」
イヴの父親の件は、ルル様は聞かなかったことになっているんだった。
でも、今日の伯爵家の出来事は、イヴたちのためにルル様が自ら動いたんだと思う。しかも恐るべくほど迅速に。
私が身も心もルル様のような聖女になるにはもっと修業が必要だろう。
聖教会に帰ったら、モニカと一緒に私も頑張ろうと思っている。




