29 マルセルの今後
部屋に入ってから、円卓になっている一番奥の席へとファーガス皇帝が移動して、その横にルル様、そして私が座った。
「紫キャベツ色……」
それは、呆れ顔で私を見ているコーデリアのことではない。
目の前のマルセルの瞳が珊瑚色からコーデリアと同じ紫キャベツ色になっていたからだ。いつの間に?
私のつぶやきは他の人にも聞こえたみたいで、笑顔のルル様以外は苦笑しているけど、驚くでしょう普通は?
「お主が冤罪だったことは被害者と思われていたローザの証言で確定している。それに、今、ローザが言った通り、ロイヤルヴァイオレットの瞳を取り戻したことが何よりの証拠だ」
思ったことを、すぐ口に出してすみません……。
ケイリーのやっていたことがすべて表ざたになったので、マルセルの名誉を取り戻すために、実は聖女と組んで造反者がいないか内偵をしていたことになっている。
あの事件もケイリーを追い込むための小芝居だったとした。万が一あの場にいた者が不審に思い、何か口にしたとしても、はじめから打ち合わせしてあったその証拠に、ローザは刺されても出血しなかったと無理矢理誤魔化すつもりらしい。
ファーガス皇帝は今回のことをうまく利用して、元ロイヤルヴァイオレットの中に、いもしない密偵が潜んでいるとそれとなく匂わせ、周りを牽制。
とりあえず元ロイヤルヴァイオレットのことはマルセルから聴取するんだろう。彼らを蔑ろにしていた者たちは、いまごろ戦々恐々としているんじゃないだろうか。
「それでも、ルルが承知していたこととはいえ、儂はやり方が間違っていると思っておる」
ちょうどファーガス皇帝の正面の位置、その向かい側にいるのがマルセルだ。そのとなりにコーデリア。
「大変申し訳ございません」
ファーガス皇帝に頭を下げるマルセル。となりでコーデリアも同じようにしていた。
「そう言っても、ロイヤルヴァイオレットばかりを重用していた儂にも問題があった。これからは人の声を積極的に聞くつもりだ。それが元ロイヤルヴァイオレットだったとしてもな。その件については礼を言う。そしてケイリーがひどい仕打ちをしていたことに気がつかずすまなかった」
「いいえ、私にはもったいないお言葉です」
「これからどうしたい。お主は儂のもとで働いてくれる気はあるのか」
「そのことですが……」
マルセルはファーガス皇帝からルル様に視線を向け、そしてまたファーガス皇帝の顔を見た。
「私はルル様とローザがお許しくださるなら、ゼ・ムルブ聖国へ行ってコーデリアとともに信徒になろうと思っています。コーデリアのことはすでにルル様にお願いしてあるのですが……私のしたことは許されることではありませんので」
ローザ殺傷事件を起こすことを決めていたマルセルは、その後のコーデリアの身を案じていた。だからルル様に宛てた手紙にそのことをしたためて依頼をしていたそうだ。
「わたくしは構いませんわ。悔い改めることができる者は神も祝福するでしょう」
「私もです。信徒が増えることはありがたいことですから」
「ありがとうございます」
今度は私たちに向けて頭を下げるマルセルとコーデリア。
「お主のように忠実で至誠な者こそ側で支えてもらいたかったのだが。とても残念だ。まあ、それも儂のせいではあるな」
「そのようなことはございません。すべて私のわがままなのですから」
「コーデリアもそれでいいのか」
ファーガス皇帝が、無言のまま神妙な態度で話を聞いていたコーデリアに話しかけた。
「はい。私は陛下をお慕いしながら、ウォークガン帝国の地で他の男性のもとに嫁ぐことはできそうにありません。場合によっては陛下に政の駒として政略結婚を命じられることもあるでしょう。でもそれはとても耐えられないと思います。だからゼ・ムルブ聖国へ行くことをお許しください」
コーデリアにとったら大好きなファーガス皇帝のそばから離れることは苦渋の決断だったと思う。だけど、コーデリア自身が言っていることが未来に待ち受けているとしたら、ゼ・ムルブ聖国で気持ちを新たにした方が本人のためにも最良の選択なのかもしれない。
「寂しくなるな」
「陛下?」
「言ったことはなかったが、コーデリアは幼いころから儂になついていたからな。ずっと可愛い姪だと思っておった。確かにコーデリアがウォークガン帝国にいれば政略結婚は免れないだろう。かの地で幸せになるといい」
「あ……ありがと……うございます」
ファーガス皇帝の言葉を聞いて、コーデリアは涙ぐみながらも、涙が瞳から零れ落ちないように頑張っていた。
マルセルとコーデリアは私たちと同じ船でゼ・ムルブ聖国に向かうことに決まったけど、ブリジットは本人の希望でウォークガン帝国に残ることになった。
それは、先代のそばにいることを望んだからだけど、驚いたことに本人以上にファーガス皇帝が先代のために残ってほしいと思っていたらしい。
ファーガス皇帝曰く「あの女好きからブリジット殿までも取り上げたら何を仕出かすかわからないからな」だそうだ。
部屋を出てすぐに、私はコーデリアに呼び止められた。
「貴女に聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「ファーガス皇帝陛下はいずれゼ・ムルブ聖国にいらっしゃるって本当?」
「あーなんかそんなこと言ってましたね。老後はゼ・ムルブ聖国で過ごすとか……」
「そう、それならいいの」
「コーデリア様?」
「ごきげんよう」
満面の笑顔でマルセルと去っていくコーデリア。質問の意図が確認できないまま、私は後姿を見つめていた。
まさか、ファーガス皇帝がゼ・ムルブ聖国に来るまで待つつもりなの?
あなたはめちゃくちゃ可愛いんだから、あんなのに一生をささげるなんてもったいなくない?




