15 ルル様が断り続けた理由?
「お人払いをお願いします」
夕食が終わった後、ルル様がファーガス皇帝にそう言った。昨晩言っていたファーガス皇帝が納得する理由をこれから告げるらしい。
私はここにいてもいいんだろうか?
初日にルル様が『嫁の件は二人きりの時にお願いします』と言っていたと思うんだけど。結局あれからルル様のそばには、私(+コーデリア)がずっといたからファーガス皇帝と二人きりになる機会はなかった。
「ローザは席を立たなくても大丈夫よ」
ルル様のとなりで椅子から腰を浮かせていた私をルル様が止める。その言葉に従って私は椅子に座りなおした。
「ファーガス皇帝陛下、これからお見せすることは他言無用でお願いいたします」
「もちろんだ。約束を破ったことで、ルルからの信頼を失うなど儂には耐えられないからな。安心しろ」
「それでは、お目汚しとは思いますが……」
椅子から立ち上がりファーガス皇帝の方を向いたルル様は、はらりとその上着を脱ぎ棄てる。
今日に限ってルル様はいつもとは違う上下が別れているツーピースの修道服を着用していた。上半身を覆っていた服を脱いだその下は、
「えっ!?」
こともあろうに何も身に着けていない!?
目を疑ってごしごしこすってから見直してもやっぱり何も着ていない。
そのため、私の見ている前でルル様の柔肌があらわになる。
「ルル様、何てことを!?」
ファーガス皇帝からは丸見えのはず。突然のルル様の奇行に私はどうしたらいいかわからず、とにかく上着を拾ってルル様の掛けようとした。
「なんと、そなた男だったのか!?」
男? どういうこと?
「ですから、ファーガス皇帝陛下のお気持ちにお応えすることはできませんの」
信じられない私は、淡々と話すルル様をガン見してしまう。
確かに裸のルル様の上半身に女性らしさはまったくない。どう見ても男性の身体そのものだ。
まさかルル様が男だったとは……。
あれ? ちょっと待って、私がルル様に見習いとしてついてから、一緒の部屋を使うことが多かったんだけど?
目の前で着替えも平気でしていたし、この前は同じベッドで寝ちゃったけど?
「うわぁー」
考えれば考えるほど混乱する私。
それなのにファーガス皇帝の方は平然として取り乱してもいなかった。それどころか左の口角が上がっている。なぜだ!?
誰だって、こんな告白をされたら慌てるだろうが。それとも実は感づいていた? それかあれでも本当はめちゃくちゃ驚いてる?
「だったら俺の息子にする」
「はあ!?」
奇声をあげた私をチラッとファーガス皇帝が見た。
なんでそうなる!?
貴方はルル様のことを嫁に欲しかったんじゃないんですか?
「ルルが女だったから、妃にと思っただけだ。男なら息子が一番近い存在になれるからな。それならどうだ?」
「わたくし、これでも聖女ですの。息子になんて、なれるわけございませんでしょう。それにファーガス皇帝陛下の長子の扱いなんて命がいくつあってもたりませんもの。貴方様ほどの胆力がなければ務まりませんわ」
「ではすぐに継承者の件は考える―――おい、そなたでいいから儂の嫁になれ」
「はあ?」
ファーガス皇帝は私に向かってあり得ない言葉を吐いた。本当にこの人は突然何を言いだすの!?
「ルルの悋気を恐れて、誰もそばには寄らせなかったが、ルルが男なら話は変わってくるからな。ルルが気に入っているそなたなら問題はないだろう」
私はぶんぶんと頭を横に激しく振った。ファーガス皇帝の相手なんて絶対嫌だ。
しかも好かれているわけでもなく、そんなてきとうな理由で。
「お忘れですかファーガス皇帝陛下。婚姻に関しては聖女の方に決定権があるのを。それにローザは引く手あまたでしてよ。すでにダンダリアの公爵家次期当主様からお声が掛かっておりますわ」
今でもジャックが手紙を送ってくるけど、そんなこと言われたことはない。
「あと、ケルパス王国の王太子殿下からも、お話が来ていますわね」
いやそれは、白猫のミミに会いたいと言っているだけで、人間のローザではないはずだ。
「うーむ……」
私のことはどうでもいいから、手近で済ませるつもりならコーデリアでいいじゃないの。あの娘はまだ子どもだけどさ……。
「そうか、なるほど。これで全部わかったぞ。そんなことを言って儂を遠ざけたいのは、ルルの想い人だったからなのだな。始めは儂の相手として連れてきたのかと思ったのだが違ったようだし、だったら、ルルがそばに置いていて、あの夜に激怒していたのもこれで納得がいく。儂にそんな気はなかったが、万が一手を出しておったら取り返しのつかぬことになっておったな」
それはちがーう。私はルル様とはそんな関係じゃない……ですよね?
ファーガス皇帝の暴走をルル様は黙ってみている。否定してくださいよう。
「嫁もだめ。息子もだめ。ロイヤルヴァイオレットとして儂を支えてくれと頼んだことも断られているしな。となるとどうしたらいいものか――」
ファーガス皇帝は目を閉じてじっと何かを考えだした。否定されても次々と新しい手段を探すその前向きさは、帝国のために使ってください。
「そうだ、儂がとっとと隠居してルルのそばで暮らせばいいではないか。余生は教皇に頼んでゼ・ムルブ聖国で過ごすとしよう。それからなら養女にしても命は狙われないだろう」
ファーガス皇帝はどうしてもルル様のそばにいたいらしい。そして、それを実現するためになら、いくらでも新しい考えが浮かぶようだ。
「教皇様は世界平和を願っておりますわ。ファーガス皇帝陛下がゼ・ムルブ聖国にいらっしゃる時は、帝国に憂いを残さずにお願いしますね」
「その案ならルルも受け入れてくれるのか?――となると、儂の代で帝国を安定させて、まったく問題のない状態で後継者に皇帝の座を受け渡してからということになるな」
現時点で子どもがいないファーガス皇帝がそれを終了させるには軽く見積もっても二十年以上はかかるだろう。
「よし、そうとなれば善は急げだ」
いや、急いでもそうとう時間がかかりますよね?




