八節 人間関係
旭には、物心ついた時からの幼馴染がいた。
時には些細なことで喧嘩をし、時にはお腹を抱えて笑い合うような、そんな等身大の友達だった。
その子の家はとても大きく、立派な大型犬を飼っていた。
よく近くの公園で遊んだ。妹を交えて、三人で駆け回ったこともあった。
小学校に入ってからは、すぐに新しく仲の良い友達もできた。
学校が終わるとその子の家に遊びに行き、並んでゲームに熱中した。
背が高くて少し大人びたその子は、小柄な旭をよくおんぶしてくれた。
(お姉ちゃんがいたら、きっとこんな感じなのかな)
旭は、その背中の温もりに甘えるのが好きだった。
男の子の友達もたくさんいた。
自転車のペダルを全力で漕ぎ、街中を駆け回った。
秘密の場所を探し、まるで冒険家になったような気分で泥だらけになって遊んだ。
旭は、とにかく人に優しかった。
正義感が強く、困っている人を見捨てられない。
そして何より、どれだけ理不尽な目に遭わされても、
人を「嫌い」になることがどうしてもできなかった。
嫌いだからという理由で、自分から他者を切り捨てて離れることが、彼女にはできなかったのだ。
友達と喧嘩をしてしまった時でさえ、旭の頭にはいつも同じ思考がよぎった。
(私を怒らせた相手にも、きっと何かそうせざるを得ない理由があるのかもしれない)
そんな風に、いつも他者を理解しようと努めていた。
けれど、そんな彼女の優しさが、決定的な悲劇を生んでしまったことがある。
今でも強く胸に焼き付いている、あの日の記憶。
ある日、あの幼馴染が、見るからにひどく落ち込んでいた。
元気がなく、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
大好きな友達を、なんとかして励ましたい。
そう思った旭は、彼女が「犬が好きだったこと」を思い出し、
いつもの得意なやり方で、おどけてみせた。
「ワンっ!」
犬の真似をして、笑わせようとした。
けれど、幼馴染は笑わなかった。それどころか、低く掠れた声で言った。
「それ、やめて」
相手の意図が理解できなかった旭は、機嫌を直してほしくて、さらに言葉を重ねてしまった。
「ワン、ワンッ!」
「やめてって言ってるでしょ!!」
幼馴染の激しい怒鳴り声が、放課後の空間に響き渡る。
突然の強い拒絶に、旭は息を呑んで呆然と立ち尽くした。
そんな旭に、幼馴染はぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、震える声で告げた。
「……あの子が、死んじゃったの」
いつも元気だった幼馴染は、それだけ言うと、
顔を覆って泣きながら旭の前から走り去っていった。
あの子とは、彼女の家にいた、あの大きな犬のことだった。
静まり返ったその場に、旭はぽつんと取り残された。
(あぁ……私、最低なことをしてしまった……)
相手を救いたくて、笑顔にしたくてやった行動が、
一番残酷な形で友達の心を傷つけてしまった。
冷たい泥水を一気に飲まされたような、
底量のない自己嫌悪が、旭の小さな胸をぐちゃぐちゃに支配していった。




