四節 同調
皇女は、よく突然何かを思いついては始めた。
僕には、彼女が一体何をしているのか理解できないことも多かった。
部屋の中を楽しそうに歩き回っていると思ったら、急にピタリと立ち止まる。
何もない空間に何かを見つけたように、満足そうに笑う。
そして、まっすぐに僕を見るのだった。
「かいちゃん」
「ん」
たったそれだけのやり取りで、新しい何かが始まる。
ある日も、まさにそうだった。
皇女が、部屋の床一面に色鮮やかな布を何枚も広げていた。
何に使うのかは、僕にはさっぱり分からない。
結んでみたり、広げ直してみたり、
少し離れた場所から腕を組んでじっと眺めたりしている。
僕は、少し離れた静かな場所でただ佇んでいた。
「かいちゃん、ここ!」
皇女が、床の一角を指差す。
僕はそちらに視線を向けた。
「……ここ?」
「うん!」
言われた場所へと歩み寄る。
皇女はうーんと少し考えてから、僕の肩をちょこんと押して立つ場所を変えさせた。
「こっち」
言われるままに動く。
「うん、いい感じ!」
何がいい感じなのか、僕にはまるで分からない。
けれど、しばらくするとまた別の場所へと動かされた。
「そこ!」
「……また?」
「うん!」
僕は指示された場所へと粛々と移動する。
皇女は終始、とびきり楽しそうな笑顔を浮かべていた。
僕にはやっぱり、何がおもしろいのかよく分からなかった。
でも。
――嫌ではなかった。
だから、彼女の思いつきに黙って付き合った。
それからも、何度も同じようなことが繰り返された。
珍しい服を何着も抱えて持ってくる。
大きな布を部屋中に広げる。
不思議な小物をあちこちに配置する。
僕を思い通りの場所へと立たせる。
角度や位置を少しだけ動かす。
納得がいったように眺める。
また閃いたように配置を変える。
皇女が楽しそうに笑っているなら、それでいい。
いつの間にか、そんなふうに思えるようになっていた。
ある日のこと。
皇女が、一着の服を抱えてやってきた。
それを僕の目の前にそっと置く。
じっと見つめる。
どう見ても、女の子が着るための可憐な服だった。
「……これ?」
「うん!」
「……やだ」
皇女は少しだけ首をかしげて考え込む。
それから、いそいそと別の服を持ってやってきた。
「じゃあ、こっちは?」
見つめる。 やっぱり、どう見ても女の子の服だった。
「……やだ」
皇女がくすくすと笑う。
「じゃあ、これは?」
また別の服を見せられる。
「……」
僕は少しだけ迷った。
皇女が、期待に胸を膨らませたキラキラとした目で僕を見つめている。
「……一回だけ」
そう呟くと、皇女の顔が一瞬でパッと明るくなった。
「ほんと!?」
「うん」
「やったー!」
皇女は跳ね上がるように喜んだ。
僕は手渡された服を静かに受け取った。
どうして服を一着着るだけで、そんなに嬉しそうにするのかは分からなかった。
ただ。
皇女が心底嬉しそうに笑っていた。
それから、僕は言われるままに着替えた。
案内されるまま、大きな鏡の前に立つ。
自分の姿をじっと見つめる。
そこには、見慣れない華やかな服を着た自分が映っていた。
皇女がすぐ隣で、弾んだ声を上げる。
「かわいい!」
「……そう?」
「うん!」
僕はもう一度、鏡の中の自分を見た。
やっぱり、自分ではよく分からない。
けれど。
皇女がとても楽しそうに笑っているから。
僕はそのまま、しばらくの間静かに鏡の前に立ち続けていた―――。




