六節 楽しさ
ある時から、旭はクラスメイトを集めて「演劇ごっこ」を始めた。
誰もが知る有名なアニメ映画の、冷徹な敵役を演じるのが旭の担当だった。
純粋に、セリフを覚えるのが楽しかった。
自分とは全く違う圧倒的な存在になれるのが、たまらなく嬉しかった。
ただそれだけで、旭の心は救われていた。それほどまでに、お芝居のことが大好きだった。
高学年になり、クラブ活動が始まると、旭は迷わず「大道芸クラブ」を選んだ。
役者なら、なんでも出来なきゃいけない。そして、自分の力で誰かを楽しませたい。
その一心で、彼女は新しい世界へ飛び込んだ。
一輪車の練習を重ね、ジャグリングの球を何度も落としながら、必死に技を磨いた。
何かに夢中になっている時間だけは、余計なことを考えずに済むから楽しかった。
「楽しませる側の人間は、どんな時だって笑顔でいなくちゃ!」
自分にそう言い聞かせるようにして、旭の顔にはまた、ひときわ明るい笑顔が張り付いた。
旭は、動物なら全般的に何でも好きだった。
テレビの動物バラエティ番組は、欠かさずチェックするほど大好きだった。
時には、リビングのソファからあえて四つん這いになって床へ降りるなど、熱心に動物の真似をした。
少し怖かったけれど、これが地面に近い彼らの視点なのだと思うと、胸が躍った。
その頃から時折、学校でもその性質が顔を出すようになる。
気の合うクラスメイトの「相棒役(動物ポジション)」を演じてみせたり、
気の弱い友達を理不尽から守る「ボディーガード(猛獣ポジション)」の役を買って出たり。
旭は、自分の身体を使って「自分以外の何か」になりきることが、本当に大好きだった。
そして――ちょうどその頃から、旭の隣には「想像の友達」がいた。
愛らしいウサギの顔に、馬のように大きく力強い身体。
そして、背中には大空を駆ける立派な一対の翼。
旭は、その特別な友達のことを「シノ」と名付け、心から愛した。
シノには、自分の胸の内のすべてを話すことができた。
シノと一緒に、頭のなかで何度も何度も遊んだ。
一緒に世界の空を飛び回り、ファンタジー映画のような冒険の主人公になった。
現実の辛いことも、ささやかな嬉しいことも、シノだけは全部黙って聞いてくれた。
そんなシノの存在が、旭は大好きで仕方がなかった。
旭は、音楽も大好きだった。
言葉がなくても、お互いに通じ合えるところが好きだった。
リズムに身を委ねていればそれだけで楽しく、歌詞の深い意味を紐解いていくのも面白かった。
なにより、その歌を自分で完璧に歌いこなせるようになった時の達成感が、大好きだったから。
音楽の発表会では、旭は「木琴」の担当に選ばれた。
鍵盤の並びがピアノに似ていたため、旭にとってはお手の物だった。
小さな身体で細いマレットを握り締め、夢中で楽器の鍵盤を叩く。
木ならではの、ぽんぽんと跳ねる綺麗な音が響く瞬間が大好きだった。
木琴チームの中には、楽譜が読めず、ピアノも触ったことがないような子も混ざっていた。
「私がなんとかしなきゃ」
旭は自ら進んでリーダー役に名乗り出た。
誰よりも早く学校へ行って熱心に練習し、演奏に遅れてしまう子を隣で優しく支え、根気強く教え続けた。
学校での旭は、誰かの役に立てることが、何よりも大好きだった。
発表会は、大成功に終わった。
旭が守り、教え込んだ子たちは、
誰一人として間違えることなく、みんなで楽しく演奏をやり遂げた。
ステージの上で、旭の胸には言い知れない満足感が満ちていた。
誰も傷つかず、誰も失われず、自分の手で完璧にコントロールできた世界。
旭はそれが、たまらなく誇らしかった。




