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僕たちの物語  作者: 鎧
皇女編

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53/62

八節 即興

それから、何度かそんな日が繰り返された。

皇女は何かを思いつくたび、衝動のままにお芝居を始めるのだった。

今日も、まさにそうだった。

部屋の中央にぽつりと立ち、しばらくの間、何もない空間をじっと見つめている。


「……うん」


納得のいくアイデアが降りてきたらしい。 皇女はパッと振り返った。


「かいちゃーん!」


少し離れたところで待機していた少年が、ゆっくりと顔を上げる。


「ん」

「お芝居しよう!」


かいは皇女をじっと見つめ返す。


「……何の?」

「今から考える!」


皇女はとびきり楽しそうに笑うと、クルリと部屋の中を見回した。


「ここがお城で、こっちが深い森ね!」


何もない空間を、確信に満ちた手つきで指差していく。


「かいちゃんは、かっこいい王子様!」

「……僕が?」

「うん!」


かいはほんの少しだけ思案した。


「……分かった」


皇女の顔がパッと華やぐ。


「私はお姫様ね!」


役柄を決めたその瞬間にはもう、皇女の頭の中では目眩く物語が動き出していた。


何もないはずの壁に、重厚な扉が見える。

透き通る窓が見える。

奥深い森の木々がそびえ立つ。

そしてその暗がりには、恐ろしい何かが潜んでいる――。


皇女はそこに確かに存在するものを見つめるようにして、一瞬で表情を緊迫させた。


「大変!」


かいへと助けを求める視線を向ける。


「魔物がやってきたわ!」


皇女が可憐に指を指す。


「かいちゃん、助けて!」


かいは何もない空間へ静かに視線を滑らせた。


「……どこ」

「そこ!」


かいは静かに立ち上がった。 皇女は少しだけ後ろへと身を引く。

かいは何もない空気を払いのけるように、しなやかに腕を動かしてみせた。


「やったー!」


皇女がパッと顔をほころばせる。


「倒してくれたのね!」

「……終わり?」

「まだまだ!」


皇女は即座に首を横に振った。


「次はね、私がすごい魔法を使うの!」

「……何それ」

「魔法!」


皇女は無邪気に笑った。

「今から考える!」

思いついた閃きを、その場のノリで次々と足していく。


台詞をその場で変える。

動きや展開を塗り替える。

さっきまで深い森だったはずの場所が、いつの間にか未知の空間へと変貌を遂げる。

かいがその即興に自然と合わせる。

皇女もまた、感情のままに舞い動く。

頭の中に描いていた通りに決まれば、心底嬉しい。

イメージと違えば、妥協することなくすぐにやり直す。


「もう一回!」

「……ん」

「今度は、こっちから動いて!」


かいが言われた通りに動く。


「そう、それ!」


皇女は弾んだ笑顔を見せた。

部屋の隅には、メイドのお嬢が優しく見守っている。

少し離れた静寂の中には、護衛の男も控えさせている。

けれど、誰もこの特別な時間に野暮な口を挟みはしない。


皇女がお芝居を始めれば、それはこの屋敷のいつもの温かな日常だった。

皇女は二人の存在を過剰に気にすることもなく、かいとの世界に没頭し続ける。

何度も試行錯誤を重ねるうちに、

最初は影も形もなかった物語が鮮やかに組み上がっていく。

皇女の頭の中にしか存在しなかった幻想が、

かいという存在を通して、ひとつひとつ目の前に立ち現れていく。

その過程がたまらなく愛おしく、楽しかった。


何もない部屋が、壮大な城にも、不気味な森にもなる。

たった一言の台詞から、思いもよらない次の展開が紡ぎ出される。

かいがそこにいてくれるだけで、頭の中のすべてを実際に動かすことができるのだ。


「かいちゃん!」

「ん」

「次はね――」


またひとつ、新しい物語の幕が上がっていく。

そんな愛おしい時間を、皇女は何度も何度も重ねていた。


芝居をしている間、自分は何にでもなれた。

どこへだって自由にいけた。

どんな存在にだって生まれ変われた。

皇女は眩しい笑顔を浮かべた。


「もう一回やろ!」


かいはほんの少しだけ嫌そうな、困ったような顔をしてみせた。

それでも、嫌がることなく静かに立ち上がった。

皇女は、とびきり嬉しそうに笑った―――。


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