七節 着色
屋敷に戻るなり、皇女は今日手に入れた宝物を大事そうに抱え込み、自室へと駆け込んだ。
「ただいま!」
返事を待つ余韻すら惜しむように、いくつもの包みを机の上へどさりと置く。
中からお気に入りの布を引っ張り出すと、大きく広げて窓から差し込む光にかざしてみた。
「やっぱり、すごーくかわいい!」
街の店先で目にした時よりも、柔らかな光を浴びた布地は一層美しく輝いて見える。
皇女は満足そうにしばらく眺めていたが、
ふと閃くものがあり、布を抱えたまま部屋の端へと向かった。
重厚な椅子の背もたれに結びつけ、数歩下がって全体を眺めてみる。
「うーん……何か違う」
イメージとズレがあるのを感じ、一度結び目をほどく。
今度は少し離れた別の柱へと結び直してみた。
「こっち!」
再び離れて確認する。
「うん、これ!」
今度はしっくりと胸に落ちた。
つい先刻まで何気ないただの布だったものが、
そこへ配置されただけでどこか幻想的な空間へと変貌を刺す。
皇女の頭の中では、そこはもうすでに屋敷の一角ではなく、
物語の特別な舞台となっていた。
続いて、小さな包みから花の髪飾りを取り出す。
可憐な小花を手のひらに乗せ、愛おしそうに見つめていると、
脳裏に自然とあの少女のような少年の顔が浮かび上がってきた。
「かいちゃんにつけたら……」
きっと、たまらなく似合う。
そう直感した瞬間から、もう居ても立ってもいられなくなった。
「かいちゃーん!」
部屋の少し離れたところで佇んでいた少年が、ゆっくりと顔を上げる。
「ん」
「これ見て!」
皇女は手のひらを開き、自信満々に髪飾りを差し出してみせた。
かいは飾りに視線を落とし、それから皇女の顔をじっと見返す。
「……何」
「今日のお出かけで見つけたの!」
「そう」
「絶対に、かいちゃんに似合うと思って!」
「……僕に?」
「うん!」
皇女は弾むような足取りで近づくと、髪飾りを高く持ち上げた。
「つけてもいい?」
かいはほんの少しだけ口を噤み、沈黙した。
それから、静かに言葉をこぼす。
「……いいよ」
皇女の表情が、ぱっと花が咲いたように華やいだ。
「やったー!」
藍色の柔らかい髪にそっと小花を挿し、一歩退いて全体を検分する。
「かわいい! すごーくかわいい!」
「……そう?」
「うん!」
やっぱり、自分の直感に狂いはなかった。
「これ、次のお芝居の衣装にも絶対使おう!」
「また……?」
「うん!」
皇女の思考は、すでにその先の次元へと跳躍していた。
この花の髪飾りを纏わせるなら、あの儚げな役柄。
あの光を透かす布を背景に敷くなら、あの切ない場面。
さっきまでただの街での買い出し品だったものが、
皇女の情熱によってひとつひとつ息を吹き込まれ、
新しい世界の小道具へと変貌を遂げていく。
「かいちゃん、そこに立ってみて!」
「……ここ?」
「そう!」
かいは言われるがまま、結びつけられた布の前に移動する。
皇女は布の垂れ下がり具合を細かく調整し、さらに一歩下がって視線を凝らした。
「……うん、もう少し右!」
かいが指示通りに数歩動く。
「そう、ぴったり!」
頭の中に思い描いていた幻想の光景が、少しずつ、
けれど確実に現実の目の前に顕現していく。
その過程が、たまらなく愛おしく、楽しかった。
けれど、まだ物足りない。
もっと理想に近づけたい。
もっと違う小道具や演出も試してみたい。
皇女は爛々と目を輝かせながら、室内を見回した。
「……あ、あれも使えるかも!」
またひとつ、新たなアイデアが閃く。
かいは、その横で静かに佇んだまま次の指示を待っている。
皇女の頭の中では、すでに次なる物語の幕が上がり始めていた。
「かいちゃん」
「ん」
「明日も、またこれやろうね!」
「……うん」
皇女はとびきりの笑顔を浮かべた。
今日見つけた品々は、もはや単なる買い物などではなかった。
明日の輝かしい遊びの種となり、 次なるお芝居を彩る大切なピースとなった。
また一つ、新しくて愛おしい世界が始まっていく。
ただそれだけで、皇女の心は満ち足りていたのだった―――。




