六節 素材
外へ出ると、皇女はとにかく忙しかった。
あっちを凝視し、こっちへと視線を走らせる。
気になるものが目に入れば、瞬時に足を止めた。
「ねえ、あれ何?」
指差した先には、色とりどりの布が綺麗に並べられていた。
皇女は吸い寄せられるように店先へ駆けていく。
「わあ……」
目に飛び込んでくる、様々な色彩。
心をくすぐる淡い色。
ハッと息をのむ鮮やかな色。
細かな意匠や模様が施されたもの。
そのひとつをそっと手に取ってみる。
吸い付くように柔らかい手触り。
「これ、すごくかわいい!」
お嬢がそっと隣に寄り添う。
「気に入った?」
「うん!」
皇女は嬉々として布を大きく広げた。
日の光にかざして透かしてみる。
向こう側の光景が、ほんの少しだけ揺らめいて見えた。
その瞬間。
頭の中に、まったく別の情景が鮮烈に浮かび上がった。
これ。
舞台の小道具や幕にそのまま使えそう。
この絶妙な色合いなら、あの劇的な場面にぴったりだ。
ここにふわりと垂らして。
こっちの柱に結びつけて。
そうしたら、もっと世界観が引き立つはず。
「……これ、欲しい!」
「買うの?」
「うん!」
皇女は迷いなく即答した。
お嬢が店主とやり取りを交わしている間も、皇女の視線は次なる布地へと注がれていた。
こっちは、あの子の衣装。
これは、背景の演出。
こっちは、細部の飾り付け。
ひとつ魅力的なものを見つけるたびに、脳内の世界観がアップデートされていく。
「これも!」
「また?」
「だって、これも絶対に使えるもん!」
お嬢は呆れつつも愛おしそうに目を細め、その布を受け取った。
皇女は心底満足そうだった。
少し離れた路地には、あの黒髪の男が佇んでいる。
何も語らず、鋭い眼差しで静かに周囲の気配を伺っていた。
皇女は特に気にも留めない。
いつもの見慣れた光景だった。
そのまま街を歩いていると、今度は小さな髪飾りが皇女の目に留まった。
可憐な花の形をしている。
「かわいい……!」
思わず吸い寄せられるように近づき、手のひらに乗せる。
小さな、可憐な花。
どこか儚げな淡い色彩。
「これ、誰に似合うかな……」
皇女は指先にあてがい、少しだけ思案した。
瞬時に、ひとつの顔が頭に浮かぶ。
「……かいちゃん」
ぽつりと呟き、くすりと笑った。
これを髪に挿したら、きっとたまらなく愛らしい。
心からそう思った。
それだけで、頭の中にはすでに新しい少年の姿が完成していた。
あの美しい髪にこれをつけて。
この特別な服を纏わせて。
もしも、こんな場面だったなら――。
またひとつ、物語の脈動が始まった。
「これも買う!」
お嬢が優しくそれを受け取る。
皇女はとびきり嬉しそうに笑った。
帰ったら、真っ先にかいちゃんに見せてあげよう。
そう思うと、もう早く屋敷へ帰りたくてたまらなくなった。
けれど。
その帰り道の途中でも、皇女の好奇心は新しい何かを見つけ出してしまう。
「あ!」
皇女がピタリと立ち止まる。
今度は一体何を見つけたのだろう。
皇女はドレスの裾を揺らしながら駆けていく。
今日も、たくさんの「寶物」が見つかった。
心を揺さぶる面白いもの。
胸がキュンとするかわいいもの。
お芝居の演出にそのまま使えそうなもの。
屋敷へ着く頃には、お嬢の両手にはいくつもの買い出しの包みが抱えられていた。
それでも皇女の頭の中には、まだ使い切れていないアイデアが溢れるほど残っている。
帰ったら、これを使ってあの場面を組み立てよう。
あんな趣向も試してみよう。
かいちゃんにも、この感動を見せてあげよう。
思考を無限に巡らせながら、皇女は弾む足取りで歩いた。
今日街で見つけた品々は、現時点ではただの布であり、単なる髪飾りに過ぎない。
けれど皇女の頭の中では、もう決してただの物質ではなかった。
それはこれから産声を上げる、まったく新しい世界の始まりの断片だったのだから―――。




