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僕たちの物語  作者: 鎧
皇女編

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48/52

三節 受容

嫌なことをされれば、当然嫌だった。

傷つかないわけではない。

投げつけられた酷い言葉はいつまでも胸に残り、 されたことの記憶も消えてはくれない。

悲しいと心が沈むこともあれば、 理不尽さに腹が立つことだってあった。

けれど皇女の中には、感情の渦とは別に、いつもひとつの素朴な疑問が残っていた。


なんで?

なんで、この子はこんなことをするのだろう。


皇女は、純粋にそれを知りたかった。

相手を許したいわけではない。

理解して歩み寄ってあげなければならない、なんて大層なことを思っていたわけでもない。

ただ、分からなかった。

どうして、自分に対してこんな仕打ちをするのか。

背景に何があって、そんな行動に至るのか。

その本当の理由が、知りたかった。

ある日のこと。

皇女は、偶然その子の会話を耳にした。

自分に嫌なことばかりしてくるその子が、別の誰かと話していた。

自分に向けられた言葉ではない。

だから、途中で割り込むようなこともしなかった。

ただ、少し離れた静かな場所で、じっと耳を傾けていた。


兄弟がたくさんいること。

家にいても、心が休まる瞬間がないこと。

どこにも自分の居場所がないように感じていること。

家にいる間中、ずっと息が詰まりそうなこと。


皇女は何も言わず、黙って聞いていた。

そうだったんだ。

ずっと霧がかかっていたものが、少しだけ繋がった気がした。

だから、だったんだ。

それまで自分がされてきた仕打ちが、帳消しになったわけではない。

嫌だった感情が、消えてなくなったわけでもない。

刻まれた傷が癒えたわけでもない。


でも。

理由が分かった。

この子も、苦しかったんだ。

皇女は何も言わなかった。

会話に入ることもしなければ、 相手も、皇女に聞かれていたことなど知る由もない。

けれど、皇女の中でその子の存在の描かれ方が変わった。

ただの「嫌なことをしてくる子」


それだけの存在ではなくなった。

家にいると息が詰まってしまう子。

自分の居場所がないと怯えている子。

胸の中に逃げ場のない苦しみを抱えている子。


それを、知ってしまった。

次の日も、その子はいつも通り皇女に嫌なことをした。


やはり、嫌だった。

傷ついた。


それでも皇女の頭の奥には、あの日漏れ聞こえた言葉がくっきりと残っていた。


家では、息が詰まる。

そうだったんだね。


だから、皇女はその子を単純に「嫌い」という一色で塗りつぶすことができなかった。


私で、少しでも楽になるのなら。

ふと、そんな思いが胸をよぎった。


自分に吐き捨てることで。

自分に何かをぶつけることで。

その子の苦しみが、ほんの少しでも和らぐのなら。


それなら、いい。


我慢を重ねることが好きだったわけではない。

傷つくことを望んでいたわけでもない。

理不尽な仕打ちをされて嬉しいはずなど、あるわけがなかった。


ただ、理由を知ってしまった。

胸の奥の苦しみを、知ってしまった。


一度知ってしまったものを、最初から知らなかったことにはできなかった。

皇女は、いつでも問いを抱いていた。

なんで?

どうして?

本当は、何があったの?


分からないものがあれば、その根底にある理由を知りたかった。

そして理由を知れば知るほど、それまでとは全く違う景色が見えてきた。


相手にも、抱えきれない事情がある。

相手にも、声にならない苦しみがある。

自分からは見えていなかった、裏側の世界がある。


それが見えてしまうと、


嫌いだから。

嫌なことをされたから。


ただそれだけの理由で、突き放して終わらせることはできなかった。

相手にその胸中を伝えることはなかった。

事情を知っていると告げることもなければ、

「気持ちは分かるよ」と知ったような顔で声をかけることもしない。

ただ、自分の中で静かに答えを見つけ出す。


そうだったんだね。

それなら。

私を身代わりにして少しでも楽になるのなら、それでいい。


それが、純粋な優しさだったのか。

あまりにも歪んだ危うさだったのか。

当時の皇女は、そんな思考を巡らせることさえしなかった。


ただ、

なんでこんなことをするのだろう。

その問いの答えが知りたかった。

そして、その答えを知ってしまえば。

その人を、ただの「悪い人」として切り捨てることなど、どうしてもできなかった―――。




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