第二章 皇女編 一節 平穏
整えられた部屋だった。
物は整然と収められている。
けれど、どこか温かみが漂っていた。
日の光が柔らかく差し込み、ぬくもりある色の家具や布地が並んでいる。
そこに人が暮らし、時を重ねていることが自ずと伝わってくる空間だった。
そこに、一人の少女がいた。
淡い金色の髪が、背中をさらりと流れている。
白金にも見えるその長い髪は腰を越えるほど伸び、柔らかな波を描いていた。
振り向いた顔には、鮮やかな青の瞳がある。
大きな瞳はくるくるとよく動き、
隠しきれない感情がそのまま豊かな表情となって表れていた。
白に近い淡い色のドレス。
繊細なレースと淡い青の装飾が幾重にも施され、
胸元から腰にかけても細かな意匠があしらわれている。
小柄で華奢な身体を包むように、裾は柔らかく広がっていた。
けれど、その少女が纏えば不思議とよく似合っていた。
王族らしい気品と華やかさを纏いながらも、どこか親しみやすい。
そんな少女だった。
長い髪を揺らし、少女が弾むように駆けてくる。
「かいちゃーん!」
名を呼ばれ、少年が振り返った。
深い藍色の髪が揺れる。
少し長めの前髪の隙間から、灰色がかった瞳がこちらを見つめる。
少年は細く、どこか儚げだった。
白い服に包まれた身体は、年齢のわりに小さく見える。
「……ん」
いつもの、短い返事。 皇女は嬉しそうに目を細めた。
「かいちゃん、こっち来て!」
「これ着て!」
かいは差し出された服を見つめる。
それから、皇女を見る。
「……やだ」
「絶対かわいいよ!」
「女の服」
「だからいいの!」
かいはしばらくの間、その服をじっと見つめていた。
「……」
皇女は期待に満ちた眼差しで、じっと待つ。
やがて、かいが観念したように立ち上がった。
「やった!」
「一回だけ」
「うん!」
それから皇女は、かいに様々な服を着せて楽しんだ。
リボンをあしらった。
可愛らしい髪飾りも試してみた。
かいは、そのたびに心底嫌そうな顔をしてみせた。
けれど、本当に耐えられないものだけは、静かに首を振って拒んだ。
皇女は、その反応をひとつひとつ覚えていった。
これは嫌。
これは平気。
これは、少し面倒そうだけれど付き合ってくれる。
そうやって着せ替えを重ねながら、少しずつかいという存在を知っていった。
皇女は笑った。 ただただ、楽しかった。
かいと過ごしていると、こんな些細でくだらないことまで愛おしく思える。
そんな穏やかな日が増えていった。
名前を呼べば、振り向いてくれる。
話しかければ、短い返事が返ってくる。
次の日になれば、あたりまえのようにまたそこにいてくれる。
「かいちゃん!」
「ん」
その淡々とした返事を聞くたびに、皇女の胸は温かな嬉しさで満たされた。
かいが、ここにいる。
今日も言葉を交わせる。
今日も一緒にいられる。
ただそれだけで、十分に満たされていた。
何を着せたのか。
何回くるりと回ってもらったのか。
どんな他愛もない話をしたのか。
そのすべてを鮮明に覚えているわけではない。
けれど。
皇女は、かいと紡ぐ日常のすべてが好きだった。
だから今日も。
「かいちゃーん!」
弾んだ声で呼ぶ。
「ん」
振り向く横顔。
それだけで、また輝かしい一日が始まっていく―――。




