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僕たちの物語  作者: 鎧
旭編

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四十一節 痕跡

私生活では、あの子の機嫌が日に日に悪化していった。

生活の質が落ちる、旭がまともに動かない。 家庭内での役割を果たせず、

「何もできないやつ」と罵られる日々。


「あなたは私がいなきゃ何もできないのよ」

「私と違って、あなたは一人じゃ何もできないんだから」


そう何度も繰り返し言い聞かされた。

旭は投げつけられる言葉を、ただ淡々と受け止めていた。


(全部、私がいけないんだ――)


そう思い込んでいたからだ。

あの子が苛立つのは当然だ。

あの子から笑顔を奪ってしまったのも自分だ。

だから、自分が悪いのだと。


劇団を手放すまでには、激しい葛藤があった。

けれど、こうした私生活での精神的な摩耗が影響していなかったと言えば、嘘になる。


「あなただけ幸せになろうなんて、許されると思ってるの?」


あの子は事あるごとにそう口にするようになった。

最終的には、


「あなたに芝居をする権利なんてない」


とまで言い放った。

旭はどこまでも自分を責め続けた。


(私が夢なんて抱いたからいけないんだ――)


家の中でも、旭はどんどん萎縮していった。

些細なことで彼女の機嫌は損なわれ、

何か失敗すれば必ず「罰」や「報い」が待っていた。


自分が招いた結果なのだから当然だと、素直に受け入れていた。


そんな過酷な日々であっても、実家にいた頃よりはまだマシだと思っていた。


けれど、終わりの日は唐突にやってきた。


「今週末、実家に帰るから」


彼女がそう告げた。

共同生活を始めて半年ほど。

あの子自身が限界を迎え、自分の母親に相談したらしい。

母親から


「帰ってきなさい」


と言われ、彼女は決断したのだ。

旭と共に生きるのではなく、自分自身の人生を歩むのだと。


旭は、これからどう生きていけばいいのか分からなかった。

引っ越しの手配だけは、彼女の手によって進められていた。

その知らせを受け、旭の家族も荷物の片付けを手伝いにやってきた。

部屋の異様な様子に、尋常ではない空気を感じ取っていたのかもしれない。

何一つ片付いていない部屋を見て、


「お前は本当にダメだな」


吐き捨てられる言葉を聞きながら、

旭は身体がすくんで動かず、ただベッドに横たわっていた。


「うちの娘がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ない」


リビングから父親が謝罪する声が聞こえてくる。

旭は一切の反論をしなかった。

それが当然の報いだと思っていたからだ。


やがて、リビングのカーペットが剥がされた。

その下から、まるで誰かが体育座りでもしていたかのような、

人の形をした黒いシミがあらわれた。


「なんだこれは……」


父親が眉をひそめる。

明らかに床に深く染み付いていた。


「これは敷金じゃ効かないな。弁償ものかもしれないぞ」


そう吐き捨てながら、片付け作業は進められていった。

引っ越してきた当初、そんなシミは絶対に存在しなかったはずなのに――。

旭の動揺を余所に作業は滞りなく進み、ついに退去当日を迎えた。

大家が部屋の状況を確認しに入ってくる。

リビングへ進み、床の黒いシミを目にした瞬間、大家の目つきがかすかに変わった。

そして、旭たちの方へ向き直る。


「これはこちらで処理しますので、心配いりませんよ」

「ですが……」


父親が弁償の話を切り出そうとするのを、大家は制した。


「いつものことですので」


脅すような口調ではない。

けれど、何かを察して踏み込ませないような、強い響きがこもっていた。


その異様な空気に気圧され、一行はそのまま部屋を後にした。

両親の元へ戻れるあの子は、どこか晴れやかな表情を浮かべていた。

この場所ですべてを失った旭は、実家という名の地獄へ、

再び帰還せざるを得なかったのだった―――。


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