四十節 虚脱
意識を手放す回数は、日に日に増えていった。
初めは週に一度、スタジオへ向かう途中の出来事だった。
しかしその異常は、少しずつ日常の領域にまで侵食し始めていく。
まず、自主練習にすら満足に向かえなくなった。
家を出た先で倒れ、意識を失ってしまう。
そのたびに、生活を共にする側へも大きな負担をかけることとなった。
あの子が激怒し、旭はただ頭を下げて謝る。
それでも旭は、なんとか生活を繋ぎ止めようと必死だった。
原因は、不明。
過度のストレスによるものと見られていたが、
詳しい診立ては誰にも分からなかった。
判明していることといえば、意識を失った旭に対し、
救急隊員が痛み刺激を与えて「意識レベルの評価」や
「刺激による覚醒度の確認」を行っても一切反応を示さないこと。
そして、呼吸自体は安定しているものの、著しく低い意識レベルのまま搬送され、
時間の経過とともにゆっくりと意識が戻ってくる、ということだけだった。
旭自身にも、何が起きているのか理解できなかった。
本公演は刻一刻と迫っており、稽古の回数にも限りがある。
頭では痛いほど理解しているのに、
身体がどうしても追いつかず、周囲に迷惑をかけ続けてしまう。
(とにかく、舞台の公演が終わるまでは――)
旭は歯を食いしばり、耐え抜こうとしていた。
病院へ搬送されるたび、母も呼び出された。
親族である以上、連絡が行くのは当然だったが、母は単に
「体調管理くらいしっかりしなさい」
と言いたげな様子だった。
けれど、薄々何か異常に気づいていたのではないかとも思う。
それが何であるかまでは察せなくとも、
ただ「倒れて搬送される」という異様な事実だけが着実に積み重なっていた。
そうして迎えた本番は、目まぐるしくも胸が踊るような愛おしい日々だった。
舞台裏で無視されるのは確かに辛かった。
けれど、ひとたび舞台の上に立てば、役を通して人間関係を紡ぐことができる。
それこそが、旭にとって唯一の希望だった。
平日から週末にかけての四日間、本番を無事に駆け抜けた。
そして全公演を終えた打ち上げの席で、
旭は恩師である演出家に一通の手紙を手渡した。
詳しい文面は覚えていない。
ただ、ここが自分の大切な居場所だったこと、
だからこそ今が辛いこと、自分は何もやましいことはしておらず、
ただお芝居が大好きなのだということ――
その事実だけを綴っていた。
そして旭は、入団して初めて劇団で涙を流した。
もう、ここを続けられる状況ではない。
旭はその現実を静かに悟りながら、最後まで稽古と本番を全うしたのだった。
こうして旭は、
自分にとって唯一無二だった居場所を、自らの手で手放したのである―――。




