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僕たちの物語  作者: 鎧
旭編

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39/40

三十九節 昏倒

気がつくと、見知らぬ部屋にいた。

なんだか周りが騒々しい。

遮断されていた音が戻ってくるまで、しばらく時間がかかった。

どうやら自分は意識を失い、病院へと搬送されたらしかった。

あの子だけでなく、なぜか母の姿もあった。


意識を取り戻した旭が真っ先に抱いた思いは、


「稽古、行けなかったな」


だった。

周囲が慌ただしく動く中、旭の胸にはなぜか安堵が広がっていた。


(行かなくて済んだ――)


無断欠席など、これまでの人生で一度もしたことがなかった。

けれど、恐怖の渦中に飛び込まずに済んだ安心感が勝っていた。

昔から、ふと思うことがあった。


(夢を諦めきれないのなら、いっそ誰かが殺してくれればいいのに――)


形は違えど、その願いが叶ったかのように感じられた。

行かなければならないのに、身体が行くことを許さなかった。

居場所を奪われかけていた旭にとって、身の安全よりも先に、

傷ついた心が凪いでいくのを感じていた。

思考が停止していたのも確かだった。


けれど、その空白の時間だけは、何者にも脅かされず穏やかでいられた。

これほど静かな心地になれたのは、一体いつ以来だろう。

何も考えず、何にも傷つけられない、ただ一人の時間。

周囲の動揺をよそに、旭の意識はどこか客観的な場所へと漂っていた。


「私の声が分かりますか?」


医師と思われる人物が、顔を覗き込んできた。


「……はい」


旭は静かに答えた。


「しばらく意識が戻らなかったんですよ」

「……そうですか」


旭の返答はどこまでも淡々としていた。

身体の回復を待って、母の車で新居へと送り届けてもらった。


戻ってからは、いつものように家事をこなした。

何事もなかったかのように、日常の作業を淡々と積み重ねる。

次の稽古は、本公演に向けた舞台稽古だった。

旭は恐怖に身体を強張らせながらも、スタジオへと足を運んだ。

周囲から無視されながらも、舞台の上で演じ続けた。

演じている瞬間だけは、やはり楽しかった。


そして翌週、アフレコのレッスン日がやってきた。

スタジオの前で、再び足がすくみ、動かなくなった。

あの防音室内を満たす独特の空気、

周囲から投げつけられる冷ややかな視線、重苦しい沈黙。

思い出すだけで、視界がぐらりと揺らぎ、激しい眩暈が襲う。

必須の稽古ではなく、選択授業であることが、かえって旭を追いつめた。

休もうと思えば、休む選択もできた。

けれど、芝居はしたい。

それでも―― 恐ろしい。

旭は耐えきれず、その場にずるずると崩れ落ちた。

必死に呼吸を整えようとするが、全身の震えが止まらない。

頭が割れるように痛む。


怖い、誰か助けて……!


緊張が限界まで高まったその瞬間、ふたたび頭の奥で糸がプツリと切れる感覚が走った。

旭は逃げるように、ふたたび意識を手放した―――。


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