↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕たちの物語  作者: 鎧
旭編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/40

三十八節 断絶

劇団の仲間は、旭が入団した頃からの仲良しメンバーだった。

事務員とも仲が良く、顔も広かった。

リーダー的な存在だった。

年齢も入団歴も少し上だったその仲間に対して、

旭はこれまで一度も逆らったことがなかった。


だからこそ、稽古場の空気はピンと張り詰めていた。

しかもその作品は、旭が初めて本公演で採用された大切な舞台だった。


きちんとお客さんを呼び、チケット代をいただく、ずっと夢見ていた舞台。


全体の練習時間は少なかったが、旭の演技は演出家が前のめりで舞台に上がって指導をつけるほど、高く評価されていた。

対してその仲間は、激しいダメ出しや改善点を突きつけられることが多かった。

正直、妬みのようなものもあったのかもしれない。

そこから、周囲の環境が一変した。 いつものようにスタジオの扉を開ける。


「おはようございまーす」


いつもなら当たり前に返ってくる挨拶が、その日は返ってこなかった。


不思議に思って旭が顔を上げると、

メンバーたちの冷ややかな視線が一斉に向けられていた。

旭は困惑した。

親しかった仲間の方を見ると、どこか満足げな表情を浮かべていた。

そこで旭は悟った。


(私が何か問題を起こしたと、吹き込んだに違いない)


顔が広く影響力のあった彼女の言葉は、強い力を持っていた。

それを武器にして、旭を悪者へと仕立て上げたのだと理解した。


アフレコのメンバーも、舞台のメンバーも、

次第に旭と口をきかなくなっていった。

視線すら合わせず、舞台転換に必要な場面でさえ無視される。

そうした仕打ちには、過去にも見覚えがあった。

けれど、あまりにも場所が悪かった。


これまで唯一の救いであり、心の拠り所だった場所で、それが起きていた。

そして旭は、あの日自分が口にした何気ない一言が原因なのだと分かっていた。


だから、自分が耐えさえすればいい。

そう自分に言い聞かせていた。

旭は次第に萎縮していった。

無視されるのが怖い。

ここが居場所でなくなるのが怖い。

けれど、芝居は続けたい。


でも、あの子を部屋に置いたまま、

自分だけが好きなことをしていていいのだろうか。

様々な思いが、旭の頭の中をぐるぐると巡り続けた。


そんな状態が数週間続いた、ある日のこと。


スタジオへ向かわなければならないのに、胃が押し潰されるように気が重かった。


そんな感覚は初めてだった。

稽古時間よりかなり早く近くのショッピングセンターに着いた旭は、

激しい葛藤の中にいた。


行くか、行かないか。


ただそれだけの選択のはずなのに、

巨大な重圧が身にのしかかっているように感じられた。


行きたい――

行きたくない。

演じたい――

怖い。


相反する感情に挟まれ、心が張り裂けそうだった。

稽古開始まで、あと十分。

いつもならすでに稽古場へ入っている時間だった。


けれど、あの冷ややかな視線と空気の中に身を置くことが、

そのわずかな十分間ですら耐え難かった。


自分の居場所で、存在そのものを消される恐怖。

それが、旭の全体を支配していた。


息が荒くなる。

視界が歪んでいく。

膝が細かく震えた。


やっとの思いで近くのベンチに腰を下ろし、深く呼吸を整えようとする。

時計を見る。刻一刻と時間が迫ってくる。

動かなければ……

行かなければ……

けれど、怖い。

芝居に対して初めて抱く恐怖という感情に、旭は強く動揺していた。


お芝居そのものは好きだ。

楽しい。

けれど、あの空間だけが、とてつもなく恐ろしかった。

レッスンの前後に訪れる数分間が、旭にとっては耐えがたい苦痛となっていた。


もう行かなきゃ――

頭ではそう分かっていても、なぜか体が鉛のように重く、動かない。


その瞬間、頭の奥でフッと糸が切れるような感覚が走った。

旭はあらゆる思考を手放し、そのままベンチの上で意識を失った―――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。