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僕たちの物語  作者: 鎧
旭編

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4/40

四節 好き

小学生になった旭は、学校では驚くほど活発で明るい子供だった。

リーダーシップがあり、困っている友達がいれば真っ先に守る。

それはまるで、テレビで見るアニメの主人公そのものの姿だった。

そんな旭が、心から愛していたのが動物たちだった。

亀、ハムスター、インコ。

言葉を持たない生き物たちと触れ合っている時だけは、彼女の心はひどく穏やかだった。

動物たちは絶対に、自分を裏切らないし、理不尽に傷つけてこないから。


けれどある日、言葉にならないほどショックな事件が起きた。

旭が登校した後のことだった。

母がベランダで鳥カゴを日光浴させていた際、飼っていたインコが自らカゴの隙間を開け、外の世界へと飛び去ってしまったのだ。

それは、旭が雛の時から愛情を注ぎ、大切に大切に育ててきたインコだった。

カゴを開ければ、いつも一目散に旭の肩へと飛んできてくれた、愛おしい相棒。

それが、二度と帰ってこなくなった。


(妹の飼っている鳥がカゴの開け方を覚えて、それを真似したんだ。だから、あいつら(妹と鳥)のせいだ)


そう思わずにはいられなかった。

旭のなかに、家族への黒い怒りと憎しみが静かに、けれど確実に積み重なっていく。




そんな家庭環境のなか、旭の日常はたくさんの習い事で埋め尽くされていた。

プール、ピアノ、そろばん、体操……。

けれど、その数ある習い事の中でも、彼女にとって特別だったのが「空手」だった。

きっかけは、あるテレビドラマだった。

画面の向こうで、圧倒的な強さで悪を倒す主人公の姿に目を奪われた。


(役者さんって、なんでもできるんだ。あんなに強くなれるんだ!)


「自分じゃない誰か」を演じる役者への憧れと、「誰も自分を傷つけられないくらい強くなりたい」という渇望。

そのふたつの想いに突き動かされるようにして、旭は自らの意志で、空手の道衣に袖を通した。


旭は、想像することが大好きだった。

テレビの中で動く、アニメのキャラクターたちにも夢中になった。

特に、モンスターと共に世界を旅するような冒険ファンタジーが大好きだった。

人間とモンスターが種族を超えて結ぶ、強い絆に感動し、食い入るように画面を見つめていた。

そして、その世界の裏側にある、ひとつの職業を知る。


――「声優」。


その存在に触れた瞬間、旭の身体は小さく震えた。

恐怖からではない。

胸の奥から湧き上がる、圧倒的な感動のせいだった。

姿は見えなくても、声ひとつで全ての感情を、世界を表現できる。

なんて素敵な仕事だろう。


マイクの前でなら、性別も、年齢も、種族すら超えて、何にだってなれる。

なんて素晴らしいんだろう。

だから、旭は決めた。


(私は、声優になる)


それからの旭は、国語の授業になると誰よりも積極的に手を挙げ、物語を朗読した。詩の暗唱の宿題にも、死に物狂いで取り組んだ。

役者になるなら、どんなに長いセリフだって完璧に覚えられなきゃいけないから。

学校での旭は、いつもきらきらとした笑顔を絶やさなかった。

自分の家の歪みを、誰にも知られたくなかったし、心配なんてされたくなかったから。

けれど、その完璧すぎる仮面は、やがて歪な弊害を生み出していく。

本当に体調が悪くて、身体が悲鳴を上げている時でさえ、旭の顔には「いつもの笑顔」が張り付いていた。

あまりのしんどさに耐えかねて保健室へ行っても、先生からは「そんな風に笑っていられるなら大丈夫ね」と、あっけなく教室へ帰されてしまう。

それでも、旭は笑っていた。

活発で、正義感の強い「主人公」であり続けた。

休み時間になれば、女の子をいじめる男子の前に立ちはだかり、本気で決闘を申し込むような毎日だった。


そして家に帰れば、大好きなアニメのビデオを何度も見返し、自分だけのオリジナル台本をノートに書き殴った。

セリフを書き写した紙が、部屋にたくさん積み上がっていく。

テレビの音を完全に消し、キャラクターの口の動きに合わせて、自分の声を当てる練習を繰り返した。

何度もタイミングがズレて、失敗した。

それでも、何度も、何度も、納得がいくまで声を出し続けた。

台詞が画面にピタリと嵌まるタイミングを、身体に叩き込んでいく。

ただただ楽しくて、我を忘れるほど夢中だった。


けれど――現実の、学校の勉強だけは大嫌いだった。

「また間違えたのね!」

母の冷たい声が飛んでくる。

旭は、算数が特に苦手だった。

ドリルが全部正解で埋まるまで、母は張り付いたように旭のそばを離れなかった。

視界が涙で滲み、ノートが濡れても、泣きながら鉛筆を動かし続けた。

必死に耐えて、テストでなんとか良い点数を取ってきた日もあった。けれど、母は褒めてなどくれなかった。


「あんなに付きっきりで一緒にやったのに、これしかできなかったの?」

(私は、これでも一生懸命頑張ったのに)


旭はきゅっと唇を噛み締め、心のシャッターをまたひとつ、静かに下ろした。


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― 新着の感想 ―
かなり重い内容ですが、旭がただ「つらい家庭で育った子」として描かれているのではなく、その経験が芝居や動物、空手、声優への憧れに少しずつ繋がっていくところが印象に残りました。 特に、お遊戯会で「旭のま…
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