三十六節 免罪
旭は固まった。 その子の言った意味が、一瞬理解できなかった。
「私、は……」
口を開きかけた旭を制するように、その子が言った。
「今は、聞きたくない」
旭は静かに口をつぐんだ。
「……ちょっと、頭冷やしてくる」
その子はそのまま外へ出て行った。
「私は、好きなことをしちゃいけないの……?」
初めて、旭の胸の中に疑問が湧き上がった。
「私は、芝居をしてはいけない……?」
それを自覚した瞬間、頭を強く殴られたような衝撃が走った。
「……っは……!」
息が途切れ途切れに荒くなる。
頭痛が走り、胸が固く締め付けられた。
旭はその場へ崩れるようにしゃがみ込んだ。
あの子のことも心配だった。
けれど、今は体がまったく言うことを聞かない。
休まなければ――
そう思って、自分のベッドへと倒れ込んだ。
深く息を吸い込み、体に酸素を送り込む。
落ち着くまで待つ、そのつもりだった。
けれど、旭の体は限界まで疲れ果てていた。
意識はそのまま、深い眠りへと落ちていった。
どれほど時間が経っただろうか。
静寂の中、ドアの開く音が響いた。
あの子が帰ってきた。
出迎えなければと思っても、体は依然として強張ったまま動かない。
やがて、その子がベッドの傍らへ歩み寄ってきた。
足音が近づく。けれど、なんと声をかければいいのか分からない。
気まずさに葛藤していたその時、突如として首元に強い重みが加わった。
正確には、喉に。
グッと喉を締め付けているのは、いつもは優しいはずのあの子の手だった。
「……っ!」
気道が塞がり、旭は驚きに目を見開いてその子を見上げた。
その子は冷ややかな瞳で旭を見下ろしたまま、静かに口を開いた。
「私が一人で出ていって、死ぬかもしれないって思わなかったの? 無事で帰ってくるって確信があったの?」
旭は言葉を発することができない。
ただ、その問いを聞かされることしかできなかった。
「ずいぶん余裕じゃない? あなたのせいで、私がこんなに苦しんでいるのに」
喉を圧迫する手に、さらに力が込められる。
「……ぐっ……!」
気管が押し潰され、短い呻き漏れた。
それでも、手は緩まない。
「私を大事にしないなら、あなたなんて死ねばいいのよ」
その子は淡々と言い放った。
苦しみの中で、旭の頭に一つの考えが浮かんだ。
自分が間違った判断をしたのだから、これは当然の報いだ。
悔しいけれど、これで誰かの気が晴れるのなら仕方がない、と。
視界に涙が滲み、溜まり、頬を伝って溢れ落ちた。
声にならない声で、旭は謝ろうとした。
その瞬間、その子の体が大きく跳ね、弾かれたように旭から遠のいた。
「ゴホ……ゲホ……!」
喉に激痛が走る。
けれど、空気が入ってくる。
涙で滲む視界の向こうで、その子の姿を追った。
頭を軽く押さえたその子が、旭をじっと見つめていた。
そこにはもう、先ほどの冷たさも殺気もなかった。
「……遅くなった」
彼女の内にいる別の存在が、手を止めてくれたようだった。
「ごめんな、旭」
そう謝られても、旭の中から自分が悪いという思いは消えなかった。
必死に首を振りながら、荒い呼吸を整えた。
自分が間違えたのだから、しょうがない。
旭は本気で、そう思い込んでいた―――




