三十五節 羨望
しばらくして、彼女の頭痛が再び重くなった。
どこを調べても原因が特定できず、抜本的な対処のしようがない。
旭はたった一人で、日々の生活のすべてを回すようになっていた。
やがて激しい頭痛のせいで、彼女は食事すら喉を通らなくなった。
このままでは体に差し障ると病院を受診したところ、
ひとまず入院することが決まった。
家からは少し離れているが、最寄り駅には近い場所にある病院だった。
旭は彼女が寂しい思いをしないよう、面会時間を見計らっては足繁く通った。
劇団の稽古、家事、そしてバイトの合間を縫うようにして。
常時鎮痛剤が投与されているためか、彼女の様子は比較的落ち着いていた。
一人で家に閉じこもっているより、
大部屋で人の気配を感じている方が気も紛れるようだった。
病院を行き来するだけでも重労働だったが、彼女の着替えの準備、
自分自身の食事や生活を維持することすら容易ではなかった。
目に見えない疲労が、少しずつ、確実に体に溜まっていく。
それでも、日々は容赦なく過ぎ去っていく。
時間は、誰のために止まってくれるわけでもない。
劇団の公演も刻一刻と近づき、自主練習の日々が始まった。
胸の内に芽生えたわずかな違和感が、
旭自身も気づかないうちに静かに重なっていた。
数週間が経ち、彼女は退院した。
原因は解明されないままだったけれど、
以前よりは心が穏やかになっているように見えた。
実家のお母さんとも頻繁に電話で話している様子で、
精神的にも安定しているのだと旭は思い込んでいた。
ある夜、舞台の自主練が遅くまで及び、旭は急ぎ足で家へと帰った。
部屋の明かりは落とされ、暗がりの中で彼女がじっと座っていた。
「遅くなってごめんね」
旭は気遣うように声をかけた。
その子は何も言わず、ただ旭を見つめ返した。
その瞳には、今まで見せたことのないような鋭い光が宿っていた。
「あのさ」
その子が静かに切り出した。
「うん」
旭は腰を落とし、目線を合わせた。
「なんであなただけ楽しそうなの?」
その子が言った。
「なんであなただけ、好きなことをしているの?」
言葉が容赦なく重なる。
「私は、何もできてないというのに」
刺すような視線を旭に向けたまま、彼女は静かに、
けれど明確な意図を込めてそう言い放った―――。




