二十八節 残痕
二年生になると、必須クラスを選択できるようになる。
アフレコか舞台か、いくつかのクラスから選ぶことができた。
以前から親しかった講師のクラスもあったが、
成長への意欲が強かった旭は、
自分の課題に合いそうな別の講師のクラスを選んだ。
選択授業では、アナウンスや歌唱、パントマイムにメイク、ブレイクダンス、
殺陣など、多岐にわたる科目を選修した。
親しかった講師は、自身のクラスを選ばなかった旭に対しても変わらず優しかった。
旭はその講師が担当する午後一番の授業を履修していた。
講師は毎週のように、旭にお昼ご飯をご馳走してくれるようになった。
講師と言葉を交わすその時間が、素直に楽しかった。
旭は自分に嘘をつくことができない性分だった。
だからこそ、業界内での器用な立ち回り方は下手だった。
利用できるものは何でも利用する――
そんな割り切りができれば、未来の形は違っていたのかもしれない。
けれど、旭にはそれができなかった。
必須授業の場でも、旭は常に真剣だった。
アフレコの最中も、他の生徒たちの様子を観察し続けた。
自分の演技時間がわずか五分で終わろうとも、
残りの時間のすべてを観察に費やした。
そんなある日、アナウンスの授業で女性の講師が声をかけてきた。
「旭さん、よかったら○○事務所の夏合宿を受けてみない?」
「え?」
そこは声優業界でも大手に位置し、名を知らない者などいないような事務所だった。
そんな場所を突然勧められ、旭は目を丸くした。
何より、一年生の時にデビューを果たしたクラスメイトが所属した事務所でもあった。
関心を惹かれた旭は、決して安くはない受講料を払い、参加を申し込んだ。
二泊三日の合宿だった。
行きのバスに乗り込んだ瞬間から、すでに課題は始まっていた。
期間中に使用する楽曲の暗記を求められる。
さらに、最終日に向けた台本手渡された。
各種ワークショップや稽古が隙間なく詰め込まれていた。
今振り返れば実に過酷な日程だったが、当時の旭にとっては胸の躍る時間だった。
到着後すぐに、楽曲を用いた寸劇の作成が命じられた。
チーム対抗戦の形式だという。
もともと寸劇の発想は得意だったため、曲の流れに合わせて展開を決め、
全体の段取りを組み上げた。
「それ、すごく良いね!」
提案が採用され、旭の表情にパッと明るさが灯った。
全チームの発表が終わり、順位が発表される。
旭の所属するチームは見事、首位を獲得した。
それでも合宿は終わらない。
山のような課題が次々と押し寄せる。
寝ても覚めても芝居と課題に没頭できる環境が、ただ心地よかった。
時間はあっという間に過ぎ去っていった。
迎えた最終日、台本の実演審査が行われた。
旭は台詞を完全に頭に入れて挑んだが、
相手役の生徒はほとんど覚えてきていなかった。
実質的に一人芝居のような状態となったが、旭は意に介さず最後まで演じきった。
すべてのプログラムを終え、合宿の最後にMVPの発表が行われた。
旭は惜しくも選出を逃したが、終了後に講師の一人がそっと歩み寄ってきた。
「旭さんも最終候補に残っていたのよ。ただ、最後の実演で掛け合いのやり取りが見られなかったから、外れてしまったの」
今思えば、わざわざ裏の事情を明かしてくれるほど親身な講師であり、
自身への評価も決して低いものではなかったのだと理解できる。
けれど当時の旭にとって、選ばれなかったという結果は落選と同義だった。
そのため、旭はその事務所のオーディションを受ける選択肢を捨てた。
別の事務所への道を模索することに決めたのだ。
あの時、あの事務所のオーディションを受けていたら――。
数少ない後悔として、その記憶は今も静かに残っている。




