二十四節 逸脱
なぜか、恐怖はなかった。
その代わり安堵した。
自分の中にあった違和感の理由が、やっと分かったのだ。
その声は一言放っただけだったが、
「言ってしまった」
という後悔のような念が、即座に伝わってきた。
声の主自身にとっても、不本意な発声だったに違いない。
それでも、旭は構わなかった。
表で芝居ができているのは、自分だ。
それを実感できるだけでも、どこか胸をなでおろす心地がした。
声の主は、それ以降再び沈黙を貫いた。
そうしてまた、日常が流れていく。
学校、部活、スクール、バイト。
そして休日に起きる、記憶にない時間。
それが旭にとっての、新しい常識となっていった。
そんな中、学校で新しい友達ができた。
女の子らしい雰囲気を持つ子で、少しマセた話も共有できた。
大人の世界のことや、性の話など。
その子と過ごしていると、妙に心が浮き足立った。
ある休日、その友達と街を歩いていると、見知らぬ男性から声をかけられた。
「君たち、暇だったら少し話さない?」
初めて経験するナンパだった。
ただその場で言葉を交わすだけ。
けれど旭には、それが不思議と心地よかった。
知らない相手なら、自分の内面まで深く詮索されない。
ただその場の空気だけで、楽しくなれる。
旭は、その新しい感覚を気に入った。
隣で友達が
「ちょっと怖かったね」
と呟いた。
旭には、その怖さという感覚が、まるで理解できなかった。




