二十二節 告知
旭は眼科にいた。
視力検査を受けるためだった。
目の違和感の正体を確かめたかった。
だが、レンズの度数は合っていた。
旭は立ち尽くす。
(じゃあ……何が原因なの?)
そんなある日、学校に巡回のスクールカウンセラーが来ることを知る。
何か糸口が得られればと、旭は相談を申し込んだ。
当日、旭は緊張で指先をこわばらせながら、相談室の扉をノックした。
「どうぞ」
中から声が聞こえた。
ガラガラと音を立てて扉を開け、旭は中へ足を踏み入れた。
そこにいたのは、女性のカウンセラーだった。
細かな言葉までは覚えていない。
何をどこまで話したのかも、今では曖昧だった。
覚えているのは、
「見え方に違和感がある」
「自分なのに自分じゃない気がする」
といった感覚を絞り出したことだけだ。
聞き終えたカウンセラーは、しばらく無言のまま旭を見つめていた。
やがて、重い口を開く。
「一度、専門の病院で診てもらった方がいいかもしれません」
その瞬間、旭の体が硬直した。
病気そのものが恐ろしかったわけではない。
病院に行きたいと、母に打ち明けることへの恐怖が背中を駆け抜けた。
旭は必死に言葉を絞り出した。
「あの、先生から学校に……それから、母に伝えてもらうことはできませんか?」
カウンセラーは眉をひそめ、不思議そうに旭を見つめた。
「お願いします。学校から、病院を受診するように母へ取り合ってくれませんか?」
いつの間にか、旭の目からボロボロと涙がこぼれ落ちていた。
「お願いします! 私からは……母には言えないんです!!」
あまりの取り乱しように、カウンセラーの先生は静かに頷いてくれた。
後日、担任から一枚の紙を手渡された。
旭はそれを、家で母に無言で差し出した。
「……精神科を受診する……?」
母の反応を待つ間、身が縮む思いだった。
だが、母の様子は思いのほか落ち着いていた。
円形脱毛症がまだ完治していなかったことも関係していたのかもしれない。
予約を取り、診察当日、旭は待合室の椅子に深く腰掛けていた。
名前を呼ばれ、診察室へ一人で入る。
「実は――――」
旭はカウンセラーに打ち明けた時と同じように、
自分の状態を一つひとつ説明した。
医師は少しの間沈黙したあと、静かに告げた。
「それは離人症ですね」
「……え?」
旭は言葉を失った。
自分を苦しめていた感覚に、あまりにもあっさりと名前がついたことに。
日常の生活に大きな支障はないとの判断で、薬の処方はなかった。
受診の結果を聞いた母は、驚いた表情を浮かべていた。
けれどその反応は、旭を心配する様子というよりは、
なぜ自分の子どもがそんな病名を受けるのかという、
自身を中心とした戸惑いのように見えた。




