二節 寂しさ
旭は、近くの幼稚園に通っていた。
幼稚園は好きだった。
大好きな、たった一人のお友達がいたから。
いつでも一緒だった。
幼稚園が終わった後は、その子の家で暗くなるまで遊んだ。
たくさん笑った。
本当に、楽しかった。
でも、ある日突然、そのお友達はいなくなった。
「お引越しなんだって」
母がそんなことを言っていた気がする。
けれど、幼い旭には「ひっこし」が何なのか分からなかった。
昨日まで隣にいたはずのその子が、何の前触れもなく、二度と来なくなった。
ただ、それだけだった。
大好きだった幼稚園が、一瞬で好きじゃなくなった。
みんなが教室内で遊ぶなか、旭は外にあるトランポリンの上に、ぽつんと座り込んでいた。
「旭ちゃん、暑いから一緒に中で遊びましょう?」
先生が声をかけてくる。旭は小さく首を横に振った。
「そんなに嫌かな? 先生と一緒に中で遊ぼうよ?」
旭はまた、首を横に振った。
先生が何を言っても、旭はそこから一歩も動かなかった。
教室に入る気なんて、もうこれっぽっちも起こらなかった。
ただ、ただ、寂しかった。
けれど、動こうとしない私にしびれを切らしたのか、やがて先生は冷たく言った。
「ダメよ、旭ちゃん」
旭には、それが「あなたが悪い子だからよ」と責められているようにしか聞こえなかった。
(あぁ……また、これだ)
家庭でも、ここでも、同じ。
寂しさと一緒に、どろりとした澱のようなもやもやが胸の奥に募っていく。
(ここでも、私はわかってもらえないんだ)
旭は、涙を堪えるように唇をぎゅっと噛み締めた――。
そんな日々が過ぎていき、先生はやがて旭に声をかけるのを諦めた。
それで良かった。
どうせ分かってくれない人に、上辺だけで気遣われるのは嫌だった。
そんな優しさは、旭にとってただの邪魔者でしかなかった。
ただ、一人でいたかった。
誰にも邪魔されず、誰にも傷つけられず、静かに一人でいられる「場所」が欲しかった。




