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僕たちの物語  作者: 鎧
旭編

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16/41

十六節 介入

その日、旭の心は重く沈んでいた。


「また試合の応援かぁ……」


遠くのテニス場までわざわざ足を運び、自分は出ない試合で先輩やレギュラーを応援する意味がどうしても分からなかった。


「実際にプレーする人だけ行けばいいのにね、シノ」


呟くと、シノが鼻をピクピクと動かして旭の顔を見つめてくれた。


毎日泣き濡らしていた目は、どれだけ笑顔を作ってみせても腫れを隠しきれなかった。


「部活に行かなきゃって思うだけで、気持ち悪くなっちゃうんだ。なんでだろうね、シノ」


そっと顔を寄せてきてくれたシノの体を撫でながら、旭は呟いた。


「ありがとう。私は、大丈夫だからね」



だが――絶望の瞬間は、突然訪れた。


「旭、最近なんだか変よ?」


ある日、母が尋ねてきた。


「……そうかな?」


旭は咄嗟に作り笑いを浮かべる。


「何か困っていることがあるなら、ママに言ってみなさい」


その温かい言葉に、旭はなぜか心を許してしまった。

縋りついてしまったのだ。

それほどまでに、旭の心は限界を迎えていたのだった。


「……実はね――」


ポロポロと打ち明けた直後、母は激しい勢いで立ち上がった。


「部活でそんな酷いことがあったのね! 〇〇ちゃんのママとはお友達だから、ママが直接言ってあげるわ! 旭、行くわよ!」


母に引っ張られるようにして、旭は部活の同級生の家の前に立たされていた。

胸の中で、嫌な予感が激しく警鐘を鳴らす。


「あら、〇〇ちゃんのママ。〇〇ちゃんにお話しがあるから、呼んでもらえる?」


突然の訪問にもかかわらず、相手の母親は同級生を玄関口に呼び出した。

そして母は、悪びれもせずに言い放った。


「うちの旭を、もういじめないでほしいの」


その瞬間、旭は母を信じてしまった自分を激しく呪った。

目の前に立つ同級生の瞳から、すっと温度が消えていくのが分かった。


「ママ、やめて……!」


耐えきれず割って入ろうとしたが、母は制した。


「ダメよ旭、こういうことは大人がはっきりさせなきゃ!」

(あぁ……やっぱり、私が馬鹿だった)


同級生の冷ややかな視線を浴びながら、旭は自分の未来がどうなるかを残酷なまでに悟っていた。

守ってくれるはずの親が、旭が必死で保っていた崩壊寸前の平和を、跡形もなく壊したのだ。


「……〇〇には、よく言い聞かせておきますから」


相手の母親の引きつった言葉で、その場は終わった。

旭はこの日、固く心に誓った。もう二度と、親になんて頼らない、と。


翌日。

部活の練習場に足を踏み入れると、肌が痛むほどの緊張感が張り詰めていた。


「あんた、チクったんだって? 親に。ふざけんじゃねえよ!」


同級生は旭を睨みつけると、これまで旭と仲良くしていた仲間たちに向かって言い放った。


「こんな奴と一緒にいるなんて正気じゃないよ。こっちのグループに来るなら、見逃してあげる」


「見逃す」が何を意味するのか、その場にいた全員が理解していた。

――旭の側にいれば、まとめて次の標的にする。

そう言っているのだ。

その日を境に、数人いた仲間はたった二人だけに減った。

小学生の頃からの深い縁があったからこそ、残ってくれたのだと思う。


友達と交わす大好きなアニメの話だけが、唯一の救いだった。

けれど、部活は苦痛でしかなかった。

テニスの上達なんてどうでもよくなり、ただ「辞めたら高校受験の成績に響く」という大人の言葉だけが頭を支配していた。


(ここで逃げ出して、高校に行けなくなったらどうしよう)


その恐怖だけが、旭を繋ぎ止めていた。

だが、家に帰ると、さらなる地獄が待っていた。


「旭、ママね。念のために顧問の先生にも、全部言っておいてあげたからね!」


誇らしげに微笑む母の前で、旭の視界は真っ暗に染まっていった。


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