十四節 調和
季節は秋へと移り変わっていた。
春からずっとクラスで孤立していた旭にとって、合唱コンクールの本番が刻一刻と迫っていた。
旭は練習の手を一切抜かなかった。
声を出すこと、感情を乗せて表現することが何より楽しかったのだ。
ここは小さくささやき、ここは強く訴えかける。
歌であるはずなのに、そこにはまるで演劇のような台本があった。
何より旭は、合唱というものが好きだった。
指示通りに表現できた時の全能感。
別パートの声と自分の声が重なり、
綺麗にハモった瞬間のゾクゾクするような気持ちよさ。
空気を読み、周囲の声に耳を澄ませ、クラス全員で一つの曲を完成させていく――
なんて素敵で、美しい営みなのだろうと思った。
普段の教室では孤独だった旭も、音楽の時間だけはみんなと同じ時間を共有できた。
(……直接向き合えなくても、作品を通してなら、私はみんなと仲間になれるのかもしれない)
本気でそう思っていた。
――そして、迎えた本番。
胸は高鳴っていたが、同時に不思議なワクワク感に包まれていた。
「あんなに練習したんだから、絶対に大丈夫」
心のどこかに、確かな自信があった。
指揮者が静かに腕を掲げ、ピアノのイントロが会場に響き渡る。
旭は客席に向かい、全身全霊で歌を、物語を表現した。
聴いてくれる人を感動させたい、楽しませたい――その一心だった。
「――それでは、結果を発表します! まず、優秀賞は◯組!」
大きな拍手と歓声がホールに響く。
旭の胸はドクドクと激しく打っていた。
もし、自分たちのクラスが一番じゃなかったら……?
想像するだけで、漠然とした恐怖が背筋を駆け抜ける。
「そして、最優秀賞は――――!!」
自分たちのクラス名が呼ばれたその瞬間、旭の周りからすっと音が消え去った。
歓喜に湧くクラスメイトたちの姿を余所に、
旭の胸の奥底から何かが静かに湧き上がってきた。
それは勝利の喜びというよりも、深い「安堵感」だった。
「成功した」という誇らしさよりも先に、
「失敗しなくてよかった」という安堵が胸を満たす。
自分たちの表現がお客さんに届き、正当に評価されたのだ。
溢れ出る安堵感の中で、旭は胸の中でそっと呟いた。
(……良かった。表現の世界の中なら、私は息ができる。生きていける)




