第7話|弱ったとき、友達の“本当の顔”が見えた
就活の合間に、ふと思い出した。
――あのときのことを。
ブラックな職場で、心が削られていくと、
人はだいたい二つの状態になる。
自分が悪い気がしてくるか。
それとも――
誰かに正解を聞きたくなるか。
私は、両方だった。
仕事はつらい。
辞めたいのか、続けたいのかも分からない。
頭の中は、いつも散らかったまま。
考えても、考えても、
何も決まらない。
そこで私は、
信頼しているはずの友達に相談した。
返ってきた言葉は、さまざまだった。
励ましてくれる人。
具体的な案をくれる人。
そして――
正しいことを、正しく伝えてくる人。
「どこに行っても嫌な人はいるよ」
そんな言葉に、
返事ができなくなる夜もあった。
同じ「あなたのためを思って」でも、
受け取る側の感覚は、まるで違った。
読んだ瞬間、分かる。
これは、少し楽になる言葉。
これは、あとから効いてくる言葉。
そして――
これは、少し苦しくなる言葉。
回復か。
少し傷になる言葉か。
それとも――
正論という、逃げ場のない言葉か。
何度も読み返して、ようやく気づいた。
これは、意見の違いじゃない。
私を、どう見ているか。
その違いだった。
「最後に決めるのは、あなたでいいよ」
そう言われたとき、
呼吸が、少し深くなる。
「普通はこう」
「こうするべき」
そう言われたとき、
胸のあたりが、静かに固くなる。
悪気はないのだと思う。
むしろ、優しさなのだろう。
でも――
削れた心には、
その正しさは、少し強すぎた。
本当に私を思ってくれる人は、
仕事の話の前に、こう聞いた。
「ちゃんと眠れてる?」
「無理してない?」
仕事よりも先に、
“私”を見ていた。
頑張れとは言わない。
正解も押しつけない。
ただ、静かに聞いてくる。
「あなたは、どうしたい?」
その一言だけで、
張りつめていたものが、少し緩んだ。
私は、誰かを否定したわけじゃない。
ただ――
どの言葉を、自分のそばに置くか。
それを選ぶようになっただけだ。
職場は、最悪だった。
でも――
あのとき残った言葉だけは、
今でも、ちゃんと覚えている。
人は、
弱ったときに受け取った言葉を、
思っている以上に長く抱えて生きていく。




