第3話|近いから選んだのに、“交代制”は嘘だった ――おできと野戦病院、そして後出しの夜
「近さは、最大の正義である」
そう信じて疑わなかった私は、
ある公共施設の求人に飛びついた。
自宅から徒歩わずか7分。
おまけに公共施設という安心感。
募集要項には、こう書かれていた。
「シフト交代制」
私は、午前と午後をバランスよく入れ替えながら働く、
調和のとれたリズムを想像していた。
――ここだ。
そう思った。
しかし、その日はよりによって。
私の額には、立派な「おでき」が鎮座していた。
アラカン就活、清潔感が命だというのに。
なんという不運。
少し気後れしながら、
私は面接室のドアを叩いた。
■ 現場のリアルは「満身創痍」
面接官は、実際に働いているスタッフの女性だった。
しかし彼女は、私の経歴には一切触れず、
いきなり職場の現状を語り始めた。
「あなたが来たら、一番若手よ」
――え?
8人で回している現場は、限界寸前だった。
「みんな、どこかしら悪いところがあってね」
私は思わず、おでこに触れながら言った。
「私は……おできはありますけど、あとは元気です」
彼女は、うらやましそうに笑った。
「いいわねぇ……」
その瞬間、分かってしまった。
ここは職場というより――
野戦病院のようだった。
■ 「交代制」の正体
話は、核心へ進む。
「午後からのシフトが中心になります」
その瞬間、
私の中の“交代制”が崩れた。
さらに続く。
「夜の21時半までを週に2回」
「土日祝も必須です」
――交代制じゃない。
“交代制”という言葉で人を集めておいて、
実際は夜固定要員だった。
不人気な夜の時間を、
確実に埋める人。
それが、この求人の正体だった。
■ 応募はある。でも
私は聞いた。
「応募は多いんですか?」
彼女は笑った。
「応募はあるのよ」
そして、少しだけ間を置いて続けた。
「“応募だけは”ね」
――その列に、今、私がいる。
そのことだけは、よく分かった。
■ 帰り道
面接は、15分で終わった。
聞かれたのは、
夜に来られるかどうか。
それだけだった。
徒歩7分の帰り道。
私は、おでこのおできにそっと触れた。
あんなに「ここがいい」と思っていたのに。
今は――
ただ、逃げたい。
近さは魅力だ。
でも。
満身創痍の人たちの穴を埋めるために、
自分の夜を差し出す価値があるのか。
答えは、はっきりしていた。
――ノー。
■ 後日談
2日後、電話がかかってきた。
「書類が通りましたので、シフトの打ち合わせを」
……書類が通った?
採用、ではないのか。
面接までしたのに、
まだ“書類選考通過”の段階らしい。
違和感を覚える間もなく、
話は進んでいく。
私は確認した。
「週1日では難しいでしょうか」
返ってきたのは、はっきりした答えだった。
「週2回、夜21時半まで出られる方でないと採用は難しいです」
――やはり、そこか。
私に求められていたのは、
スキルでも経験でもない。
ただひとつ。
夜21時半まで来られるかどうか。
それだけだった。
気持ちは、すっと冷えた。
その日のうちに、
辞退を決めた。
近さは、たしかに正義だ。
でも。
その近さのために、
自分の生活を差し出す必要はなかった。




