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第1話|「いい職場だと思ったのに」――違和感は、最初からあった

訓練校を卒業した私は、 すぐに公的機関の事務職へ就職した。


未経験だったけれど、

「しっかりサポートします」

「研修制度あり」


その言葉を信じて、私は飛び込んだ。


フルタイム。

条件も悪くない。

年収も、60代の再就職としてはかなり良かった。


救急車で運ばれた夜、

「元気に働けるだけでありがたい」


そう思った私は、 新しい職場で、ちゃんと頑張ろうとしていた。


でも―― 私は、その職場を2か月で辞めることになる。


怒鳴られたわけじゃない。

殴られたわけでもない。

それでも、 人の心を静かに削っていく場所というのは、確かに存在した。


※前職については別シリーズ

『その職場は、怒鳴られもしなければ――』

に書いています。


辞めたあと、私は思った。

「この経験を、無駄にはしたくない」

今度こそ、

自分が納得できる職場を見つけよう。



新しい挑戦が、はじまった。


求人欄に“整形外科・経験者優遇”の文字を見たとき、迷いはなかった。


【面接:感じのいい人たち】


面接当日。


院長は穏やかで、スタッフ全員に私を紹介してくれた。


受付に立っていた女性が、軽く会釈をする。

「よろしくお願いします」と、先に声をかけてくれた人もいた。


空気がやわらかい。


「この人たちとなら、やっていけそう」

それが、第一印象だった。


面接では、これまでの整形外科での9年間の経験について、

何をしてきたのか、どう活かせるのか――

その一点に絞って話が進んだ。


そして、私の経歴を評価してくれた。


「時給はこれくらいでどうでしょう」


提示された金額は、相場よりも高かった。


――まだ、必要とされている。


これまでの経験は、無駄ではなかった。

その一言で、片道50分の通勤も、頑張れる気がした。


そのときだった。


院長はふと立ち上がり、

「院内、見てみますか?」

と声をかけてきた。


「ぜひ、お願いします」


「もちろん」

そう言って、院長は自ら案内を始めた。


受付に立つと、

「中、入ってみて」

と軽く背中を押される。


電子カルテの画面を開きながら、院長は言った。

「うちはこうやってるんだ。○○さんなら、すぐできるよ」


患者層の話、業務の流れ。

そしてスタッフに向かって、

「労災できるから、聞いてみるといいよ」


――もう、採用前提で話が進んでいる。


嬉しいはずなのに、

どこか落ち着かない。


「こんなに期待されると、ちょっと怖いな」


そのとき、院長が何気なく付け加えた。


「午後に入ってくれると、ありがたいんだよな」


「あ、はい……」


ほんの一瞬だけ、言葉が詰まった。


……その一言が、

あとから、じわじわ効いてくることになる。


【小さな違和感】


今回、私が大事にした条件は3つだった。


・職場の雰囲気がいいこと

・仕事がやれそうだと思えること

・シフトがある程度希望に沿うこと


私の希望は、

「午前勤務を中心に、時々午後や通しも協力する」というものだった。


面接では、もう一人採用予定の人の話も出た。


30代で小さな子どもがいて、午前勤務希望だという。


「土曜日は二人で月2回ずつとして、午前をどうするか考えます」

院長はそう言った。


――じゃあ、午前は半々になるのかな。


そう思った。


本当は午前勤務がよかった。

でも、雰囲気があまりにも良かったから。


「少しくらいなら、頑張れるかも」

そうやって、ほんの少しだけ、自分に嘘をついた。


【採用、そして確認】

翌日、採用の連絡が来た。


ありがたい。


けれど、シフトの話は一切なかった。


扶養内といっても、

週1日でも週3日でも、午前でも午後でも成り立ってしまう。



――今回は、ちゃんと確認しよう。


シフトについてメールを送った。


通し勤務の頻度、午前と午後のバランス。


送信してから、しばらく画面を見つめる。


半々なら、いいかな。

でも、週に何日も20時近くの帰宅はきつい。


――もしかして、私は午後担当に考えられている?


不安が、少しずつ膨らんだ。


【答え】

2日後、院長から返信が来た。


画面を開く。


「午後勤務はどれくらい可能でしょうか?」


その一文で、少しだけ胸がざわつく。


続きを読む。


「現在、午後の人員が少ないため、平日は午後勤務を中心にお願いしたいと考えております」


……やっぱり、そうか。


もう一度、最初から読み直す。


見落としがないか、確認するように。


けれど、書かれていることは変わらなかった。


午前は足りている。

足りないのは午後。


だから私は、そこに当てはめられたのだ。


【気づき】


私は、少し譲る。

やんわり受け入れる。


「このくらいなら」と、自分に言い聞かせる。


そのたびに、小さな違和感を見ないふりをしてきた。


――また、同じことになる。


そう思った。


【選ぶ】


気づいたときには、返信を書いていた。


「今回は内定を辞退させていただきたく――」


そこまで打って、手が止まる。


本当にいいのか、と。


けれど、深く息をついて、続けた。


「午前勤務を主軸とした働き方を希望しておりましたが――」


書き終えて、送信ボタンを押す。


しばらく、画面を見つめていた。


不思議と、後悔はなかった。


むしろ、胸の奥が少し軽くなった。


――やっと、自分を裏切らなかった。


【結】

アラカンだって、選びたい。


経験があるからこそ、分かることがある。


無理をのみ込んで働けば、きっと続かない。


それよりも、納得して、後悔のない選択をしたい。


それが、今の私の答えだった。


――この違和感の正体が、

“自分を後回しにする癖”だと気づくのは、もう少し後のことだった。

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