第0話 『アラカン就活狂想曲 ~救急車の夜、私はまだ働きたいと思った~』
今日、人生で初めて救急車を呼んだ。
ただの肩こりだと思っていた。
夜、編み物をしていて、椅子に座ったまま少し仮眠をとった。
目が覚めた瞬間――
左のこめかみから首の後ろにかけて、今まで経験したことのない激痛が走った。
唾を飲み込むだけでも痛い。
首を少し動かすだけで、ズキンと響く。
「何これ……」
最初は、そのうち治まるだろうと思っていた。
でも、三十分以上じっと耐えているうちに、今度は体がガタガタ震え始めた。
寒いわけじゃない。
なのに止まらない。
不安だけが、どんどん大きくなっていく。
「もしかして、脳に何か異常があるんじゃない?」
外出していた家族に連絡すると、
「すぐ救急車呼んで。あとで駆けつけるから」
と即答。
しばらくすると、痛みは少しだけ和らいだ。
でも、震えだけは止まらない。
私は覚悟を決めて、人生で初めて119番を押した。
救急車の中で、ふと頭に浮かんだのは――
命のことではなかった。
これからのことだった。
「せっかく来年から、念願の公的機関で働けることになったのに」
「これでダメになったらどうしよう」
「迷惑かけることになるのかな」
その瞬間、自分でも少し驚いた。
本当に怖くなったとき、頭に浮かんだのは、
“働けなくなること”
だったから。
病院ではすぐにCTを撮ってもらった。
結果は――異常なし。
先生の見立てでは、
椅子でうつむいたまま寝たことで血流が悪くなり、
一時的に強い痛みが出た可能性が高いとのことだった。
とにかく、脳に重大な異常はなかった。
それだけで、心の底からホッとした。
もう、健康って、それだけでありがたい。
今回のことで、改めて思った。
元気に起きられること。
働こうと思えること。
未来のことを考えられること。
それって、当たり前じゃなかったんだな、と。
六十二歳。
救急車の中で、
私は人生の“優先順位”を少しだけ整理した気がする。
条件だけじゃない。
年収だけでもない。
「ここなら、自分を壊さずに働けるか」
そこをちゃんと見ながら働きたい。
そして私は、その数日後――
新しい職場へ向かうことになる。
このときの私は、まだ知らない。
まさか二ヶ月後、
またハローワークに通うことになるなんて。




