第9話|「戻ってきなよ」と言われたとき、私は揺らいだ ――戻れる場所と、進みたい場所のあいだで
人間関係がよくて、
仕事もある程度できる職場。
――そんな場所は、なかなかない。
そう思ったとき、
ふと前職のことがよぎった。
「あのとき、早まったのかな」
いや、違う。
あのときは、どうしても辞めたかったはずだ。
その瞬間、電話が鳴った。
四年前に辞めた整形外科で、
いまも働いている同僚からだった。
「戻ってきなよ」
以前から何度か言われていた言葉。
けれど、今日は少し違った。
――いまは三人体制で、負担は軽くなっていること。
――メンバーも、大きくは変わっていないこと。
「午後のコマが足りてないの。
二日くらい入ってくれたら助かると思う」
淡々とした説明の中に、
どこか歓迎の気配があった。
あの職場は、悪くなかった。
人もいい。
仕事も、慣れている分だけ確実にこなせる。
――戻れる。
その言葉が、胸の奥で小さく響いた。
私は、ひとつだけ確認した。
「今も、パートに有給は出ていないの?」
少しの間のあと、返ってきた答え。
――変わっていない。
パートに有給が出ない。
昔の私は、
「そんなものか」と思っていた。
確かに、働きやすい面はある。
仕事の流れも分かっている。
誰に気を遣えばいいかも、
もう知っている。
だからこそ、迷う。
もし、この先いい職場が見つからなかったら。
また一から慣れない環境で、
つらい思いをするくらいなら――
一瞬、気持ちがそちらに傾いた。
楽な方へ。
知っている場所へ。
傷つかない選択へ。
でも、そのとき、立ち止まった。
――私は、何のために就活しているのだろう。
ただ働くためではない。
ただ楽をするためでもない。
これからを、納得して生きるために。
答えは、もう出ていた。
楽な方に戻るのは、簡単だ。
でも私は、
“戻れる場所”ではなく、
“進みたい場所”を選びたい。
電話を切ったあと、
胸の中の揺らぎは、静かに消えていた。
だからこそ、私は選ぶ。
この先も――自分で。




