第92話 巻物探妖其の伍
「涼のところに敵が向かったか。まあ、あいつなら大丈夫だろう」
俺、穂月錬次は、無線から聞こえた喩能の報告にそう呟いた。
(涼は調子の波が大きいけど、乗っている時なら俺より強いからな)
そんなことを思いながら、しばらく進むと、木々の間に巨大な影が見えた。
乳白色の光を薄く纏った、月の輪熊の姿をした式神。
そいつはこちらに気づくと、腹に響くような咆哮を上げた。
「来いよ」
俺が笑みを浮かべ、日本刀を構えた――その時だった。
熊の横合いから一本の鉾が叩き込まれる。
強烈な一撃を受けた熊の式神は勢いよく吹き飛び、地面へ叩きつけられると同時に霧となって消滅した。
その場に残された一巻の巻物を、大柄な少年が拾い上げる。
「お? 悪いのう。獲物を横取りしてしもうたわ」
紺桔梗色の髪と、日に焼けた肌を持つ少年だった。
少年は鉾の柄を自分の肩へ載せ、俺を見て楽しそうに笑う。
「別に構わないさ。たった今、俺の標的はお前に変わったからな」
「そうこなくっちゃのう」
少年は眉を上げ、さらに笑みを深くした。
「確か……穂月くんじゃったか? わしは甲賀学園一年霊亀組、村上吉凶じゃ。覚えときんさい」
「こちら穂月。相手チームと遭遇。これより戦闘を開始する!」
俺は無線機を口元へ寄せ、仲間たちへそう告げた。
「ええで。掛かって来いや」
村上が懐から水晶の欠片を取り出す。
水晶から青白い光が溢れ、扁平な身体を持つ赤鱏の式神を形作った。
「そっちこそ、来な」
俺も意識的に息を吐き、赤碧玉の欠片へ験力を込める。
間もなく、深紅の光が薄羽蜉蝣の式神を形作った。
俺と村上の間に、張り詰めた沈黙が落ちる。
「行くぜ!」
先に動いたのは村上だった。
大地を蹴り、一直線に突進してくる。
その巨体からは想像できないほど速い。
鉾の穂先が鋭い弧を描き、俺の脇腹を狙う。
「くっ!」
寸前で刀を差し込み、攻撃を受け流すが、村上は止まらない。
鉾を素早く返し、今度は俺の脚を薙ぎ払う。
飛び退いて躱したものの、穂先が左の脛を浅く掠めた。
(少し掠めただけだ。この程度なら――)
着地した瞬間、左脚が僅かに遅れた。
感覚が鈍い。
自分の脚ではないように、力が入りにくくなっている。
「脚、もう鈍うなっとるじゃろ?」
村上が鉾をゆるりと回す。
「そろそろ毒が回ってくるけぇのう」
その穂先には、粘り気のある液体が纏わりついており、木漏れ日を受け、青黒い光を放っていた。




