第69話 強化合宿
10月8日、土曜日の早朝。
一年生代表たちは、旧校舎の前に集まっていた。
俺、穂月錬次は頬を軽く掻きながら周囲を見回す。
折霜涼。漣蒼茉。槌屋堆志。
そして、前回の生徒会室の時には不在だった五人目の代表、笹舟喩能が立っていた。
亜麻色の髪を持つ彼女は、俺と同じ青龍組の生徒だ。
しかし、俺が彼女について知っていることは少ない。
雷属性の忍術を扱うこと。
授業にほとんど出ないくせに、一学期の中間・期末の学力試験で、どちらも上位十位以内に入っていること。
それくらいだった。
「笹舟さん。君は授業にほとんど出ていないけど……その、大丈夫なの?」
俺は軽く息を吐き、意を決して声をかけた。
問いかけられた喩能は、首に掛けた青いヘッドホンを弄りながら、淡々と答える。
「授業になんか出なくても困らない。わたしには、わたしなりのやり方があって、それで必要十分なの」
短い返答だった。だが、その眠たげな目の奥に何を宿しているのかは、俺には分からなかった。
その時、旧校舎の錆びついた扉が軋む音と共に開く。
そこから現れたのは三人。
藤色の髪をした女性。緋色の髪をした女性。
そして、亜麻色の髪の青年。
「揃ったようだね。僕は今回の合宿を管理する、生徒会会計の風切栞瑚だ」
藤色の髪の女性、風切栞瑚先輩が口を開く。
「今日は副会長の緋鞠と、もう一人、助っ人を呼んでいる」
風切先輩は、緋色の髪をした女性――緋鞠杜燃と、亜麻色の髪の青年――笹舟理界を見遣った。
「生徒会の依頼を受けた、三年玄武組の笹舟理界だ」
笹舟先輩は眼鏡越しの鋭い視線で、一年生たちを順番に見やる。
「これより三日間、旧校舎とその周辺を使って強化合宿を行う。貴様らが戸隠学園の代表として相応しい実力を得るためだ。徹底的に追い込むので、そのつもりでいろ」
挑発的というより、事実を告げるだけの声だった。
だからこそ、背筋が伸びる。
「まずは基礎的な体力測定をやろうか。君たちの今の実力を知らないと、どこから指導するべきか分からないからね」
風切先輩が淡々と言う。
「走力、瞬発力、そして持久力。どれも忍びにとって重要な要素よ。しっかり測定させてもらうわ」
緋鞠先輩が明朗な声で続けた。
「準備ができたら、その線に並べ。折り返し地点まで千五百メートルほどだ。……よし、開始!」
笹舟先輩の合図と同時に、五人は弾かれたように走り出した。
濡れた土を踏む感触。
草の匂い。
ひんやりと肌を撫でる風。
すべてが五感を研ぎ澄ませていく。
最初に旧校舎の前へ戻ってきたのは漣だった。
走り方に無駄がない。風に押されているのではなく、風の通り道を自分で選んでいるようだった。
次いで俺。その後に槌屋、涼が続く。
槌屋は速さよりも崩れなさが目立った。
涼は前半の勢いこそあったが、後半で少し落ちたように見える。
最後に、息を切らした笹舟喩能が戻って来る頃には、他の四人の呼吸は平常に戻っていた。
「思ったよりも走れるようだけど、まだまだ改善の余地はあるね。次は瞬発力と反射神経を測るよ」
風切先輩が計測用の時計を見ながら言う。
俺たちは頷いた。
すでに身体は温まっている。
だが、ここから先はさらに過酷な内容が待っているのだろう。
こうして、強化合宿は始まった。
わずか三日で、どこまで伸びることができるのか。
代表に選ばれた以上、ただ参加するだけでは足りない。
戸隠の一年を背負うに値する者だと、証明しなければならない。
俺は知らず知らずのうちに、拳を握り締めていた。




