第61話 夜庭の術
穂月燐峯の身体は床から伸びている木材に絡め取られていた。
しかし、それを木材と呼ぶのが適切かどうかは分からない。元々は床板だったそれは、何らかの忍術で蔓のように変形して、彼女の四肢を拘束している。
「木操の術。残念でしたね、錬次のお姉さん」
そう告げるのは長身の少年、青龍組一年の深林坊大樹。
「伏兵かよ……」
部屋の片隅で息を潜めていたのだろう大樹を見て、燐峯が苦々しげに呟く。
「悪く思わないでくれよ。これはあくまで団体戦だ。大将である僕が易々と負けるわけにはいかないからね」
真神光夜は剣の一振りを燐峯の首筋に当て、そう告げる。
「ぐっ……!」
刀身に電流を流し彼女を麻痺させる。
「あのまま闘っていたら、負けていたかな。ありがとう、深林坊くん」
それが済むと光夜はふらつきながらも歩みを進め、傍の椅子に腰掛ける。
「真神先輩が気を引いてくれていたおかげです」
「攻城戦線も佳境だ。……雷哉はどうしているかな。あの先輩達から果たして逃れられるだろうか?」
光夜は心底疲れたように呟いた。
避ける。躱す。逃れる。
ぼく、真神雷哉は電光石火によって神経の時機を無理やり揃え、迫り来る攻撃を辛うじて凌いでいた。
両手の双剣を振るい、煤御先輩の黒鎖と風切先輩の手裏剣を受け流す。
だが、見えているのに間に合わない。
動きを読めても、速さが違う。
制服は裂け、手足には小さな痛みが増えていく。
視界の端で、傷代が倒れているのが見えた。
鹿深も、もう動けない。
今や、二人の先輩を相手にしているのは、ぼくだけだった。
(笹舟先輩は、まだ来ないのか……?)
焦りが胸の奥で渦を巻く。彼が戻ってこなければ、このままでは勝ち目がない。
「諦めなよ、雷哉くん。君一人じゃ、僕たちに敵うわけがないんだからさ」
風切先輩の声に滲む余裕が、ぼくの焦燥を煽る。
「諦めません……!」
言い切った瞬間、煤御先輩の黒鎖が鋭い弧を描いて飛んできた。
咄嗟に双剣を交差させる。
だが、受け止めた衝撃で身体が浮いた。
「がっ……!」
背中を壁に打ちつけ、息が詰まる。
その隙を、風切先輩が見逃すはずもなかった。
「もう終わりだよ。大人しく捕まってくれれば、これ以上傷付けずに済む」
手裏剣が飛ぶ。ぼくは床に転がり、どうにか急所を外した。
けれど、一枚が脚を掠める。焼けるような痛みが走り、身体が強張った。
カラン、と双剣が床に落ちる。
「………」
煤御先輩の黒鎖が、蛇のようにうねった。
逃げ場を塞ぐように、ゆっくりと迫ってくる。
(……ここまでか?)
そう思った瞬間、黒鎖が床へ叩きつけられた。
「っ……?」
顔を上げると、風切先輩の手裏剣も、すべて床に落ちていた。
「夜庭の術」
掠れた声がした。傷代が、息も絶え絶えに地へ手をついている。
「傷代くん……!」
ぼくが声を上げると、傷代は薄く笑った。
「すまん……真神。これが、精一杯だ……」
けれど、その呼吸は苦しげだった。術をかけている本人にも、相当の負荷がかかっているのだろう。
「厄介な術だね。けど、こんなもの長くは持たないだろう? 時間稼ぎにしかならないよ」
風切先輩が溜息混じりに言う。
それで充分だった。
ぼくは床に転がった双剣へ、震える手を伸ばした。
(少しだけ時間が稼げれば、いい。もう少しだけ、耐え抜いてみせる……)
ぼくは息を整え、双剣を握り直した。




