第59話 煤御隘路
「真神、下がっていろ。俺と鹿深で時間を稼ぐ。お前は笹舟先輩に連絡を取れ」
傷代苅砥の声が、切迫した響きを帯びる。
ぼく、真神雷哉は固まっていた。
眼前にいるのは、青龍組からの刺客――風切栞瑚と煤御隘路。
風切先輩の周囲には、いくつもの手裏剣が風車のように回りながら浮いている。
煤御先輩の両手からは、漆黒の鎖が垂れて、不気味に揺れていた。
動けないぼくとは対照的に、傷代はもう動いていた。
鎌を低く構え、煤御先輩へ踏み込む。刃が黒鎖と噛み合い、甲高い音が室内を裂いた。
「黒鎖……噂以上に厄介だな」
傷代が苦々しく呟く。鎖は蛇のようにうねり、鎌の刃を避け、柄を叩き、傷代の踏み込みそのものを拒んでいた。
「風切先輩は、手前が受け持つよ。晶操の術」
鹿深珪晶が床に散った窓硝子の破片を掬い上げる。
硝子片は重さを忘れたように宙へ舞い、一斉に風切先輩へ殺到した。
「面白い技を使う。けど、まだまだこの程度じゃ楽しめないね」
風切先輩は身じろぎもしない。指先を軽く振るだけで、宙に浮いた手裏剣が硝子片をことごとく弾き落とした。
「やばいね、これは」
鹿深の声は冷静だった。けれど、その手は休まない。砕けた硝子をさらに細かく散らし、風切先輩の手裏剣に合わせて迎え撃つ。
その間、ぼくは笹舟先輩からの返事を握りしめていた。
『すぐ向かう。捕まるな』
短い文面だった。それだけで、少しだけ息が戻る。
けれど、大将として戦うべきか。安全を確保するべきか。
その判断ができない。
情けないほどに、身体が動かなかった。
「雷哉くんは、見ているだけかな?」
風切先輩の声が飛んでくる。
責めるようではなく、むしろ待ち望むような声音だった。
ぼくは奥歯を噛みしめる。
「……ぼくだって、戦います。捕まったら終わりなんですから」
神経を走る信号に、雷を添わせる。
「電光石火!」
笹舟先輩に叩き込まれた感覚をなぞりながら、ぼくは双剣の柄を握りしめた。
「いいね。その目。やっとやる気が出たみたいだ」
風切先輩が懐からさらに五枚の手裏剣を取り出し、無造作に宙へ放った。
彼女の周囲に浮かぶ手裏剣は、これで十枚。
そのすべてが、一斉にこちらへ飛んだ。
手裏剣は複雑な軌道を描きながら、ぼくと鹿深を両方狙うかのように散開した。
鹿深が硝子片で七枚を迎撃するが、全ては防ぎ切れない。
ぼくは双剣で残りの三枚を弾き飛ばす。
(手が痺れる……どれだけ威力があるんだ)
唇を噛み締めつつも何とか耐えるが、攻撃は続く。
そんなぼくらを煤御先輩が横目で冷たく窺う。
「………」
彼は鎖を巧みに操作して傷代から強引に距離をとると、黒鎖を己の影に沈ませる。
その瞬間、傷代の影から漆黒の鎖が飛び出してきた。
「がはっ」
黒鎖が傷代の腹を打ち、そのまま弾き飛ばす。後方へ飛ばされた傷代はうずくまったまま動かない。
煤御先輩の方を見ると、いつの間にか黒鎖を手元に戻して、ぼくを鋭く見据えていた。




