第58話 槌屋堆志
青柳棟と朱桂棟の間にある辰巳訓練場。
朱桂棟へと向かう俺、穂月錬次に立ち塞がる影があった。
「ここは通さないよ、穂月くん」
赤土のような茶髪に小麦色の肌をした少年。一見中肉中背に見えるが制服の奥には、鍛えられた肉体があることがその立ち姿から見て取れる。
「俺のことを知っているのか?」
「当然だ。当方は、期末試験で君に首位を奪われた者だよ」
彼が掌を地面に触れる。その瞬間、鈍い振動と共に大地が揺れ、細長い土の柱がせり上がる。引き抜かれたその先端は槍の形をしている。
「期末試験……そうか、お前が槌屋堆志か」
中間試験一位、期末試験二位の学力を示したその名前に、俺は納得する。
俺は日本刀に炎を纏わせ、中段に構える。
「実技の勝負では勝たせてもらう」
一方、槌屋は土の槍を腰だめに構え、鋭い視線を俺に向けた。
「やってみろよ、槌屋!」
刹那、俺と槌屋は同時に踏み込み、得物が交差する。火花が散るような衝撃が空気を震わせた。
打ち合うごとに、槌屋の槍の動きと俺の感覚が研ぎ澄まされていく。槍の間合いと鋭さは確かだが、俺の太刀筋の方が僅かに速い。俺は機を見て上段から斬り下ろした。
しかし、槌屋が槍の柄でそれを受け止めたその瞬間、槍の先端が不規則に変形する。
(何っ!?)
咄嗟に俺は刀を押し込み、その反動と脚力を活かして後方に飛び退いた。槌屋の槍先は俺がいた場所を抉るように鋭く突き出される。
「ふむ、これを避けるか」
「成程な……土で作った武器なら、形を変えられるのは当然か」
冷静を装いつつも、内心で舌打ちする。槍術のみならず、柔軟な変形による攻撃。
(……厄介な相手だ。あれを試すか)
俺は日本刀の柄にある押金を押した。すると、刀身の炎がさらに激しく燃え上がる。
「こいつの銘は『昼行燈』……ただの日本刀じゃあないぜ!」
昼行燈の柄には内部に油が仕込まれている。それを解放すると毛細管現象によって、刀身に刻まれた蜉蝣の紋様に浸透する仕掛けだ。
燃え盛る刃で槌屋に斬り掛かる。彼は槍で防ごうとするが、炎の熱によって槍の表面が乾燥し、崩れていった。
「土で出来ているなら、乾燥させれば脆くなるよな?」
「くっ」
後退する槌屋に俺はすかさず追撃する。
「鬼灯飛炎!」
刀身から炎が飛び、槌屋へと迸る。しかし彼が掌を地面につけると、巨大な土壁が現れ、それを遮る。
「……この匂いは油だね。なるほど、炎を飛ばすために媒介として使っているのか」
すん、と鼻を鳴らして槌屋が呟く。
「お前、気付くのが早すぎるだろ!」
彼の観察力に俺は舌を巻く。
しかし、気づかれたからには悠長にしていられない。
再び間合いを詰めるが、槌屋の槍が地面を抉りながら蛇のように迫ってきた。
俺は即座に身を翻し、炎を纏わせた刀を振り抜く。
だが、槍の先端はそのまま鋭い螺旋を描きながら迫り、まるで生き物のように絡みつこうとする。
俺は後方へ跳躍しながら、横に転がることで辛うじて回避する。
体勢を立て直して炎の斬撃を繰り出すも、槌屋は槍を回転させながらそれらを的確に防ぐ。
攻防が繰り返される中、互いの息遣いが徐々に荒くなっていく。
「くそっ、しぶといな……!」
「それは君も同じことだ」
槌屋は冷めた顔のまま、槍の先をさらに鋭くし、再び間合いを詰める。
この戦いが始まってからの経過時間が、互いの技量の均衡を示していた。
しかし、刀身の炎の勢いが急速に弱まる。
(しまった、油が切れたか!)
その好機を逃す彼ではない。槌屋の変形した槍が俺の腕を絡め取り、無理やり地面に押し倒した。
「はぁ、はぁ……畜生!」
手には、油を使い果たした『昼行燈』が握られている。炎は鎮まり、もう燃え盛る刃はない。
「当方の勝ちだ」
槌屋が上から見下ろし、無感情に言い放つ。
完全なる敗北だった。これ以上ない屈辱に、俺は唇を噛みしめた。




